20
――親切に用意された朝食を、ノエルが寝惚け眼で口に運ぶ。
彼女の口に付いたケチャップを拭きとり、東条は引き続き藜と会話を始めた。
「二人はこの後どこ行くんだ?」
「そっすね……、ここら辺に人が集まってるとこってあります?」
「ん~?あるね」
藜はトーストに蜂蜜を塗りたくり、豪快に齧り付く。
その会話の内容に、茶漬けを啜っていた笠羅祇が眉を顰めた。
「けっ、あのバカ共か。まだ生きてんのかね」
目に見えて機嫌の悪くなった彼に、東条は疑問の目を向ける。
苛立たし気に漬物をバリバリと噛み砕く彼に変わって、藜が口を開いた。
「前にそこのリーダーが尋ねてきたことがあってね、彼等は俺達がヤクザってだけで嫌悪を向けてきたよ。う~怖い怖い」
「……まぁヤクザは普通に怖いっすからね」
「そんなこと言うなよー。友達だろ?」
エロティックに指を舐める彼にウィンクされ、東条は苦笑を浮かべた。
「このジジイは若い子に嫌われて悲しんでるんだよ」
「やかましいわ!」
紅茶を啜る紅に喝が飛ぶ。
「あいつらの性根が気に入らねぇんだ俺は。
悪を悪だと見抜く目もないくせに、いっちょ前に自分の正義を押し付けてきやがる。
それでいて中途半端に力持ってるから性質が悪ぃ」
「……まぁ確かに、日和ってはいたね」
吐き捨てる笠羅祇に、藜も同意する。
彼等にここまで言われる人物に懸念が湧いてくるが、よく考えれば目の前にいる人物の方が日常の価値観から外れた人間なのだ。
鵜呑みにするのも違うだろう。
「場所は分かりますか?」
「部下によると、ここから六㎞南に行った所にある明海大学に、五、六百人がたてこもっているらしいよ」
「そんなに……」
防衛省内にいる組員の総数が約百五十だと聞いた。
そう考えるとどれだけ多いのかが分かる。
それだけの人数を纏めているのだ。頭は人格者だと信じたい。
「分かりました、次はそこに行ってみます。食事ご馳走様でした」
「なんだ、もう行くのかい?」
立ち上がる東条に、藜の残念そうな瞳が向けられる。
「冒険の途中ですから、一か所に長居はしませんよ」
「はははっ、そうだった。稼ぎ仲間として、ここは背中を押さないとね」
「ほどほどに頑張ります」
適当に返事をする東条は、未だナマケモノの様な速さで食事を頬張るノエルを揺らし、肩に担ぐ。
「ほら、ごちそうさまだ」
「ん、ごちさま」
一礼して一旦自室に戻る彼等。
「「「いいコンビだな~」」」
その後ろ姿を、幹部、下膳係、同室した誰もが微笑まし気に見送った。
――「案内役付けようか?」
「いらない」
藜の提案を、ようやく目が覚めたノエルが切り捨てる。
組のトップ三人を含め、大勢の組員が整列する前で。
「あの嬢ちゃん、ボスにタメ口きかなかったか?(ボソッ)」
「てかリュックデカすぎだろ(ボソッ)」
「洗濯機浮いてんぞ(ボソッ)」
「何もんだ?(ボソッ)」
「ボスと姉さん、叔父貴まで出張って来てんだ。ヤベェVIPに違ぇねぇ(ボソッ)」
五人が談笑する反面、組員達の間には前代未聞の光景に緊張が走っていた。
「くはっ、その洗濯機、ひしゃげてるけど使えるのかい?」
「問題ないです、こいつ頑丈なんで」
定位置に浮かぶ、くの字に折れ曲がった洗濯機を撫でる。
なぜこれで動くのか自分でも不思議だが、一緒に旅するうちに愛着も湧いてきたのだ。まだ交換したくはない。
「うぅ、本当にもう行っちまうのかいノエル嬢?」
「ん」
隣では、涙ちょちょぎれる老爺が必死にノエルを引き留めている。
「ちゃんと菓子は持ったか?」
「もち」
「おじいちゃんが恋しくなったらいつでも帰ってくるんだぞ?」
「そんな時は一生来ない」
「誰かに嫌な事されたらおじいちゃんに言うんだぞ?切り刻んでやるからな」
「必要ない」
「そうだ、もしもの時の為にめーるあどれすを「キモイ」……」
放心する笠羅祇。……気まずい組員。爆笑する藜。
東条はサラサラと崩れていく笠羅祇を、憐れみの笑みで風と共に送った。
「そんじゃ、行きますわ」
「あぁ。道中気をつけてな」
「はい」
背を向けて歩き出す東条を、紅と別れを済ましたノエルが小走りで追う。
その去り際、彼女は崩れゆく老爺に一つのどら焼きを投げつけた。
「……またな」
「――っおぉ――」
たった一つの和菓子から感謝と親しみを受け取った一人の武人は、風に流された原形を取り戻していく。
すっかり絆されちまったな、と笑う藜は、漆黒のコートを翻し白い息を吐いた。
「テメェら、まさとノエルは俺達の友だ。仲良くしろよ」
「「「――っぅす‼」
一斉に頭を下げる組員と、ブンブンと手を振る幹部を背中に感じながら、二人は再び歩き出した。
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