9話


 


 焚き火が燻る広場では、コカトリスを残さずに平らげた二人が、膨れた腹を摩りながらへそ天していた。


 沢山食べた後に運動する気など起きるはずもなく、こうして一休みしているのだ。


「ケプっ。あとどれくらい休む?」


「ん~十分くらい」


「り」


 口数少なく、ボケ~、と揺蕩う雲を眺める。


 人間たまにはこういう時間を作らないと、自分が今まで抱え込んできたものに圧し潰されてしまう。

 東条はいいとして彼女に抱えるものがあるのかは甚だ疑問ではあるが、思考の放棄こそ、最高の整理術なのだ。


 冷えた空気にお日様が気持ちいい。……そんな中、


「……なんの音だ?」


「何か来る」


 遠くの方から、バタバタ――、と小さいながらも疾駆音が聞こえる。段々と大きくなるそれは、確実にここに向かって近づいてきている。


 じー、と木々の間を見ていると、


「……なんだあれ。人か?」


「モンスターいっぱい連れてる」


 涙を流しながら半笑いで全力疾走する金髪オールバック黒スーツの男が、大量のモンスターを連れて此方に迫ってきていた。


 その必死さは尋常ではなく、何かを謀っている様には到底思えない。それほどまでに、惨め。


「笑ってるぞ」


「泣いてる」


「なんでこっち来んだ?」


「肉食べたかったのかな」


 そうこうしている内に男は死体の壁を飛び越え、二人の下に顔面から転がり込んできた。


 男が慌てて後ろを振り返るも、追って来ていたモンスターは全て壁の外で急停止し、唸り、睨みつけるだけである。

 数秒もすると、諦めたのか悔しそうに去って行った。


「たす、かったぁ」


 緊張の解放からがっくしと地面に手をつく男に、じー、と向けられる視線。


 そんな男と二人の視線が、交差する。


「っ……ごほんっ。……初めまして、あかざ組の平塚 康ひらつか やすと申します。この度は救っていただき感謝します」


(別に救ってねぇんだが……)


 いきなり顔面スライディングをかまし、引き攣った半笑いで九十度に腰を折る目の前の男に、東条とノエルは懐疑の目を向ける。


 まるで準備してきたかの様な切り替えの早さ、怪しい。……それに何より、この男は今聞き捨てならないことを言った。


「あ、こちら私の名s「止まれ」っ……」


 懐に手を忍ばせた康の身体が、東条の威圧を受けビクり、と固まる。


(……え、何⁉俺なんかまずいことした⁉ヤベェ殺されるっ。てかこの人絶対カタギじゃないって!絶対こっち側の人だって!そんで何で顔黒いんだよっ⁉あーなんかムカついてきた!)


 東条とて初対面の人間を脅すのに乗り気ではないが、この男がそこいらの一般人でないことは確定事項だ。警戒するに越したことはない。


 半笑いで硬直しながら痙攣する彼の、胸についた赤い五角形のバッヂに目を移した。


「すみませんね。私もこう見えて臆病ですので(嘘つけっ!)、咄嗟に威圧してしまいました」


「い、いえ、お気になさらず。こ、こんなご時世ですし、迂闊に私の様な者が懐に手を入れたのが悪いです、から」


「理解があって助かります」


 東条の妙な敬語口調が、より一層康の恐怖を煽る。


「そ、その様子ですと、私達のことをご存知で?」


「えぇ、勿論。藜組といったら、そりゃあ有名なヤクザの方々ですから。そんな方々が、私達に何の用かなぁ、と。……とりあえず、手、ゆっくり出しましょうか」


「わ、分かりました」


 威圧が一段階重くなったのを感じ取り、康は超絶慎重に、懐から手を出す。


「あぁ、名刺でしたか。これはすみません」


「ははっ、構いませんよ(謝るならこの威圧解いてくれよぉ!)」


 依然のしかかる魔力の重圧に、そろそろ涙腺の限界が近い。


「この世界になってから、私達人間も不思議な力を得ましたから。もし洗脳の類の力があるなら、本能で突っ込んでくるモンスターより人間の方がよっぽど恐ろしい。

 ……ああ、すみません。本題ですね、どうぞ話してください」


 こちらは警戒しているぞ、という忠告と共に、威圧が霧散する。康は崩れ落ちそうになるのを必死に耐え、ぎこちないスマイルを維持した。


「っ……(はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ)はい。私がここに来た理由ですが、私達のボスが貴方方に会いたいと仰っていまして、お迎えに来たんです」


「……私達に会いたいと?」


「はい」


「理由をお伺いしても?」


「そ、それは……。(そういや何でか聞いてねぇ⁉何やってんだよヤベェよ姉御‼)」


 命令の内容に動転していた自分も悪いが、ここに来て最大のミスを犯した。理由を言ってくれなかった直属の上司である姉御に、特大の怨嗟を送る。


 理由もないヤクザの同行願いなど、強制連行と捉えられて当然だ。


 案の定、黒い男から威圧が漏れ始める。


「も、申しわけない‼突然の命令だったので理由を聞くのを忘れてしまった‼今から聞くので少し待っていてはくれないだろうか‼」


 そんな勢いで頭を下ろして大丈夫かという速さで腰を曲げる彼に、東条も毒気を抜かれてしまう。


「……分かりました。どうぞ」


「かたじけない‼」


 康が携帯を壊す勢いでボタンを押すのを横目に、東条とノエルも顔を合わせる。


「どうするよ」


「ノエルは構わない」


「ヤーさんの本拠地だぜ?」


「ノエル達に手出すなら生かす必要ない」


「怖いって」


 そんな軽い会話を、康は脂汗をだくだくと流しながら聞いていた。

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