第55話

 

 ――「桐将、もう寝るん?」


「ん?あぁ。お前も?やけに盛り上がってたけど」


 問われた紗命が一瞬硬直する。


「……聞こえとった?」


「内容は知らんけどな」


「……ふぅ。凜はんのバカ(ボソッ)」


 露骨に安心する紗命を横目に見る。


「なんだ、聞かれたらマズい事でも話してたのか?」


「……わりと」


(……あの声の大きさなら大体聞かれてるだろ)

 突っ込みは心の中に留め、木々を抜けていく。


 マイホームに着くと、此方を窺う紗命がモジモジしだした。


「……今日は、一緒に寝ちゃおっかなぁ?」


 紗命の顔が赤く染まる。

 凜との言い合いで、自分も少し中てられてしまったのかもしれない。

 言った傍から恥ずかしくなってくる。


「……いきなりどうした?」


 彼女は半眼で見つめる東条から、居た堪れなくなり眼を逸らす。


「お前なぁ、色々噂立っちまうぞ?」


「うちは構わへんけど?」


「それに幼気けな少女が付き合ってもない男と寝たりしちゃいけません。

 そーゆうのは性の何たるかを知ってからにしなさい」


「ほなうちらは大丈夫やなぁ。恋人やもん」


「……たまにお前が本当に怖くなるよ」


 溜息を吐き、漆黒から降りてハンモックに横たわる。


 一度天を仰ぎ、不満気な顔をする紗命を見下ろした。


「……俺は好きだと言われたからには真摯に向き合うし、前も言ったが紗命への気持ちも満更ではない。

 自然の流れからのあれやこれやは俺が惚れたと認めるとして、強引な既成事実の創作は全力で避けさせてもらうからな。


 外に出たら命を預け合うんだ、中途半端は御免被りたい」


 東条の言葉は最もだ。


 彼の軸にあるのは、未だ『冒険』ただ一つ。

 紗命はそこに割り込むことになるのだから、へたな想いは文字通り命に直結する。


 俯く紗命を見て、東条は頬を掻く。


「……ただまぁ、俺も最近目で追っちゃうし、成果は出てるぜ」


 照れ隠しにサムズアップする彼に、紗命の口角が上がった。


「ふふっ、あれやこれやをする日も近いんやなぁ?」


「おうよ。その暁には、それはもう滅茶苦茶に愛してやる」


「――ッ滅茶苦茶にっ、愛っ、ふふっ、ふふふっ」


 瞳孔が開き、三日月に口が裂け、内から出る何かを抑える様に彼女は自身を抱きしめる。


 自分の前でしか見せないその狂笑にゾッとしつつも、美しいと思ってしまう自分は、既に相当毒されているっぽい。


「ふふっ、おやすみぃ」


「あ、あぁ。おやすみ」



 艶然とした笑い声が去って行くのを聞きながら、ランプの明かりに照らされる木葉を眺める。


(……思えば、目で追っちゃうのって、恋してる証拠じゃね?)


 中学時代はそこに胸の高鳴りを感じていた気がする。


 正直なところ、スタートが普通ではなく、本来無いはずのゴール地点を定めてしまったせいで、彼自身何処がゴールなのか計りかねていた。



「……恋ってこんなんだっけ……」



 分からなくなってしまった至上の命題に、夜の闇は葉擦れで返答した。






 ――「あら、てっきりあそこで寝るのかと」


 紗命に睨まれひょいと目を逸らす。凜は隣で机に突っ伏して眠ってしまっていた。


「……瀬良はん、結構性格悪いですなぁ?」


「心外ね。からかうのが好きなだけよ」


 眼鏡の奥の瞳が、狐の様に細くなる。


「それが性格悪い言うてるんやけど……、まぁええわ。今は気分がええさかい許したる。おやすみなぁ」


「おやすみ~」


 手を振る瀬良を後に、紗命は彼女への復讐心を一段階高めるのだった。




 ――自分のテントへ戻っていく紗命を遠目から見る、槍を持った三人組。


 彼等は同時に安堵の息を吐いた。


「……そろそろケジメつけないとっすね」


「チっ、ムカつくぜ」


「ぶっ殺してやる」


 物騒な言葉を吐き席を立ち、因幡を先頭に三人は歩き出した。


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