終章 適応と成長

第53話

 §




 ――そして二日後。




「……ん、おはよぅ、桐将。なんか食べる?」


 横で休んでいた紗命が、東条が起きた振動を感じ取る。


 彼女の目の下には、心配と睡眠不足からか、濃いクマが浮かんでいた。


「……おはよう。心配かけたな」


「ちょ、まだ動いたらあかんてっ」


 自力で起き上がる東条を、慌てて制止しようとする。


「なんかもう大丈夫っぽい」


「寝言は寝て言い。ほら、無理しいひんで」


「いやマジで」


 ギプスを振り回す東条に目を見開き、おでこを合わせる。


「熱は……あらへんみたいやね。骨折と、火傷の痛みは?」


「お、おう。ないぞ?」


「……包帯外すな?」


 言うが早いか身体中の包帯を取っていく紗命の顔が、みるみると驚愕に染まる。


「こら、凄いわぁ……」


 見るも無残だった焼け爛れた傷は、凄惨な痕は残したものの完全に治癒していた。


「今回ヤバいの二体殺したからな。それだけ治りも早かったんだろ」


「……とりあえず、良かったわぁ」


 身体を伸ばす東条の前で、張り続けていた緊張から解放された紗命が、ぐで~、と溶ける。

 その姿に微笑み、毛布をそっと掛けた。


「ありがとうな、紗命」


「妻として当然のことやでぇ」


「残念だが人違いだ。夢は眠ってから見てくれ」


「ふふっ、……」


 限界だったのか、彼女はそのまま可愛らしい寝息を立て始めた。




 周りで寝ている怪我人を起こさないように、そっと外へ出る。


 冷えた空気を肺に流し込み、寒空の太陽に目を窄めた。


「む?東条殿?もう動いて大丈夫なのか?」


 通りがかった若葉が驚きに目を丸くする。


「はい。心配かけました」


「いや、無事で何よりじゃが……。そうだ、お主の家、入口前に移動しておるぞ」


「分かりました。ひとっ風呂浴びてきますわ」


 揚々と去って行く彼に、若葉も呆気に取られてしまう。


「……会う度に傷が増えていくのぉ」


 その後ろ姿に、戦慄に似た何かを感じた。





 ――「お、英雄のご帰還だぞ」


「うぉっ、なんすか」


 シャワールームから出てきた東条は、盛大なお出迎えにビックリする。


 彼の前には、休んでいる者を除いた全員が集結していた。


「起きたなら何か言ってけ」


「まぁまぁ、東条さんの気持ちも分かりますよ」


 先頭の葵獅と佐藤が困った笑みを浮かべる。


「葵さんも佐藤さんも、元気そうで何より」


「「……こっちの台詞だ」です」


 今度こそ呆れ果てる彼等は、シャツから覗く左腕の戦闘痕に目を向けた。


 生々しく、生涯消えないだろうそれ。


「……お前の身体はどうなってるんだ」


「早すぎるとかいう次元じゃないですよね、もう」


「いや、正直俺も今回はヤバいと思ったよ」


 質感の変わってしまった肌を撫でる。

 完治といっても全てが元に戻るわけではなく、感覚もどこか鈍い。


 しかし命があるだけ万々歳。彼は何も気にしていなかった。


「あぁ、そんなお前のおかげで今の俺達がある。ありがとう」


 一斉に頭を下げられ、驚きと羞恥でむず痒い気持ちになるが、


 まぁ、悪い気はしない。


「……くるしゅうない。面を上げい」


 彼等は苦笑しながらも付き合ってくれる。


「皆が動けるようになったら祝勝会だ。今はリハビリでもしとけ」


「……驚いた。てっきりそーゆーのは嫌いなのかと思ってた」


 特に佐藤さんは、と加えると笑って否定される。


「今まではそんな余裕が無かっただけですよ。

 ただ、張り詰めているだけじゃいつか綻びができる。適度なはっちゃけも必要でしょう」


「おぉ、分かってらっしゃる」


 今回の戦いで各々見えた物も多い。


 武力面然り、精神面然り。



 壁を乗り越えるにつれ、彼等はこの死地に適応しているのだ。


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