「タイムスリップ」
「10年前の今日に戻れたらどうする?」
助手席の彼女が急に言い出した。
彼女が突拍子のない質問をするのはいつものことだった。
「明日地球が終わるならどうする?」
「次生まれ変わるなら何がいい?」
「一年中真夏、一年中真冬、どっちの世界がいい?」
壮大な話題から身近な疑問まで。脈絡なく飛んでくる急な質問に面食らうこともたびたびあった。
ただ、今日の質問には答えられそうだった。
僕は運転しながら答えた。
「そうだな。まず朝起きてシャワー浴びるかな」
「細かいね。それで?」
「いつもより念入りに身体を洗って髭を剃る」
「汗臭いとか思ったことないけどな」
「ありがと。そんで、用意しといた服に着替えて、予約してた店に電話する」
「なんの店?」
「レストラン。ちょっと奮発して、赤坂にあるやつ。で、予約の時間までソワソワする」
「あはは。ソワソワするんだ」
「じっとしてられなくて二時間くらい早く待ち合わせ場所について、本を読む」
「好きだもんね、本」
「でも、まったく内容が入ってこなくて、何度も同じところをいったりきたりする」
「いつもは本読んでると無視する癖にー」
「ごめん。で、時間になったら君がやってくる。それから一緒に店に向かうんだけど、そこで道に迷う」
「いや、ちゃんと連れてってよ」
「君が近くにある駄菓子屋に寄るとか言ったからじゃないか」
「そうだっけ。よく覚えてないわ」
「予約時間が迫って僕は焦ってるのに、君は人の気も知らないでのんびり歩く」
「あはは」
「何とか店について、食事をするけど、緊張して僕は全く味がわからない」
「おいしかったよあの店。また連れてってよ」
「君がワインを頼むから、僕は焦る。酔っぱらってしまう前に言うべきことがあるから」
「……うん」
「デザートの時に渡すつもりの指輪をすぐにポケットから取り出して、ムードもへったくれもないまま渡す」
「……うん」
「……あの日のことは全部よく覚えてるし、あの時の自分に戻れるとしても何一つ変えるつもりはないよ」
「そっか」
「今度は君にも聞いてみたいな」
僕は、前を向いて運転しながら聞いた。
「10年前の今日に戻れるとしたらどうする?」
彼女の答えが返ってくる前に、車は赤坂のレストランに到着した。
少し驚いた顔をした彼女を車から降ろす。
彼女の答えは店の中で聞こう。10年前の今日と同じ場所で。
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