第四章

初めての依頼

 俺とヒジリは、冒険者ギルドのE級掲示板を眺めていた。

 

「掃除、洗濯、ドブ掃除、ネズミ退治、薬草採取……なんか雑用ばかりだな」

「E級はそんなものです。ランクが上がれば討伐系などが受けれます」

「討伐……魔獣か」

「はい」


 魔獣。

 本で読んだことがある。この世界には魔獣というバケモノがそこらじゅうを闊歩しているとか。

 魔獣はアレクサンドロス聖女王国の特殊部隊……戦闘聖女が戦って倒している。それとは別に、冒険者が狩ることもある。

 E球掲示板の隣はD級掲示板。少し見てみると、ゴブリン討伐だのウルフ討伐だの依頼書が貼ってあった。

 

「主、どうします?」

「そうだな。男がいっぱいいる依頼は?」

「…………私では判断できません」


 あれ、なんかヒジリの目が冷たい。

 せっかくクリシュナたちを撃退して冒険が始まったのに、いきなり間違えたのかな。

 俺はヒジリの視線から逃れるため、掲示板を眺める。


「……お、これは? 『公衆浴場の清掃』だって。いいね、男湯……よし、これにしよう」

「…………はい、主」


 ヒジリの視線はなぜか冷たいままだった。


 ◇◇◇◇◇◇


 町の中には、必ず一つ『公衆浴場』がある。

 大きな浴槽に浸かり、洗い場で身体を清め、蒸し風呂でじっくり汗を流す。

 大きな宿屋にも浴場はあるけど、やはり公衆浴場の大きさには勝てない。公衆浴場は住人の、そして冒険者にとって癒しの場だ。


 さて、問題なのは……掃除である。

 公衆浴場は大勢の人が使うため、非常に汚れやすい。

 毎日、営業が終わる夜に湯を抜いて掃除するのだが、これがなかなか疲れる。なので掃除人の給与は相当いいのだが、それでも人手不足になるらしい。


 今回の依頼は、その公衆浴場の掃除だ。

 浴場を休みにし、全ての湯を抜いて徹底的に掃除をする。

 月に一度の大掃除なので、冒険者ギルドに依頼をして、力自慢の冒険者を集うのだとか。


「…………と、こんな感じさ」

「なるほど」


 こんな感じで説明してくれたのは、公衆浴場の経営者ドノバンさんだ。

 長年、掃除で鍛えた肉体は伊達じゃない感じの四十代。短いブロンドに髭が似合うおじさんだ。

 俺とヒジリは、ドノバンさんから掃除の説明を受けた。


「浴槽をブラシで擦って、桶も丁寧に磨いてくれ。石鹸の補充も頼むぞ。オレはボイラーや設備関係のタェックをするから、何かあったら呼んでくれ」

「はい、わかりました!!」

「それと、手伝いに傭兵団もここに来る。仲良くやってくれよ」

「……傭兵団?」

「ああ。あんたと同じ、掃除の依頼を受けてくれたのさ」


 掃除の依頼を受けたことではないんだけど。

 ドノバンさんはボイラー室に行ってしまった。

 俺とヒジリはブラシを持つ。


「なぁ、傭兵って?」

「冒険者……とは少し違います。傭兵の主な仕事は戦闘です。用心護衛、魔獣討伐、拠点防衛など、戦いに特化した戦闘集団です」

「へぇ……強いんだろうなぁ」

「恐らく。個人の実力は相当高いでしょう」

「……どんな人たちかな」


 俺の中に、『戦う男』のイメージが浮かぶ。

 ついつい顔がにやけてしまい、ヒジリがじとーっと見ていた。


「おっと、そ、掃除をしないとな。傭兵さんたちは……」

「───来ましたね」

「え?」


 ヒジリが浴場のドアをジッと見つめて十秒後、脱衣所がガヤガヤと騒がしくなった。

 そして、ドアが開き───大勢の『男』が入ってきた!!


「お? なんだ兄ちゃんたち……ああ、掃除の依頼を受けたっちゅう冒険者か?」

「…………お、ぉぉ」

「なんだぁ? 人の顔ジロジロ見て」

「───っけぇ」

「あ?」


 俺は、あまりの感動に声が震えていた。


「かっけぇ!!……あ、あの、傭兵の皆さんですよね!?」

「お、おお……な、なんだ兄ちゃん。傭兵見んの初めてか?」

「はい!! くぅぅぅぅっ!! みなさんマジでカッコいいです!! 歴戦の勇士!! 鍛え抜かれた筋肉!! はぁぁ~~~……俺もこんな風になりたぃ」

「…………主」


 俺は、傭兵の皆さんがあまりにもカッコいいので感動していた。

 全員が上半身裸で、鍛え抜かれた肉体を晒していた。

 俺も鍛えたけど、この人たちは次元が違う。長い年月をかけて鍛えぬいた鋼の肉体だ。魔獣との戦いで傷もあるが、その傷がまた重みを感じさせる。

 俺が話しかけたのは、この中でも一番の肉体美の持ち主だ。

 年齢は四十代くらいだろうか。赤い髪を逆立て、ワイルドな口髭を生やし、片目には三本の引っ掻き傷があり、黒い眼帯をしている。

 ヒジリの視線を無視し、俺は眼帯の男性に自己紹介した。


「お、俺、セイヤって言います。その、冒険者になったばかりで……よ、よろしくお願いいたします!!」

「がっはっは!! ルーキーか。そう硬くならんでいい。オレは『赤鉈傭兵団』のリーダー、バニッシュだ。今日はよろしくな」

「は、はい!! よろしくお願いします!!」


 バニッシュさんは俺の肩をバンバン叩き、仲間の傭兵に指示を出す。


「おめーら、手分けして掃除始めんぞ!!」

「「「「「オォォゥッ!!」」」」」

「おーっ!!」

「主、すっごく元気になりましたね……とりあえず、おーっ」


 俺とヒジリは、さっそく傭兵の皆さんと掃除……あれ?

 傭兵の人たちに混ざり、十五歳くらいの女の子がいた。

 俺と目が合うと、プイっと反らしてしまう。


 とりあえず、みんなでお掃除を始めよう!!


 ◇◇◇◇◇◇


 ヒジリと傭兵の皆さんが浴槽をデッキブラシで擦り、俺とバニッシュさんは桶をゴシゴシ磨いていた。

 こんなチャンスはないので、質問をする。


「あの、バニッシュさん。バニッシュさんはどうして傭兵に?」

「そんなの、金のために決まってんだろ?」

「お金……」

「ああ。生きるためにゃ金が必要だ。美味いメシ、心の水である酒、抱き心地のいい女。全部金がありゃ手に入る。傭兵ってのは金を稼ぐためになるモンだ。冒険者みてーに冒険だのダンジョンだの温い仕事じゃねぇ」

「なるほど…………あれ? じゃあこの公衆浴場の掃除って、お金が良かったんですか?」

「そ、そそ、そうに決まってんだろ。いい風呂ってのも傭兵にゃ必要なんだよ」

「なるほど。勉強になります!」

「……お前、馬鹿だな。冒険者と傭兵なんて水と油だぜ。依頼を巡って戦いになることだってあるのに、馴れ馴れしい……ま、オレは嫌いじゃないがね」

「俺、男らしい皆さんをマジで尊敬してます!! 冒険者とか傭兵とか関係ない、最高の男集団って思ってますよ!!」

「…………そ、そうか」


 なぜかバニッシュさんは頬をヒクつかせた。

 すると、桶を持った女の子と、俺より少し年上の青年がブラシを持ってきた。


「パパ、桶掃除おわったよ」

「おう、ヴェン。こっちも手伝ってくれ」

「団長、オレはあっちを手伝ってくる」

「頼んだぜ、ラーズ」


 ヴェンと呼ばれた女の子はバニッシュさんの隣に座り、桶を磨き始めた。

 ラーズとかいう男は、俺をチラッと見て行ってしまった……なんか不機嫌?


「わりーな。ラーズの奴、冒険者が嫌いなんだよ」

「そうですか……あの、その子って」

「ああ。こいつはヴェン。ヴェンデッタだ。十五歳になるオレの娘さ」

「……どうも」


 ヴェンデッタは、長い銀髪をポニーテールにした少女だ。

 まだ十五歳なのにヒジリと同じくらいの身長で胸がデカい。

 赤髪のバニッシュさん、銀髪のヴェンデッタ……正直、あんまり似てないな。


「ま、戦場で拾った子だからホントの親子じゃねぇけどな。がっはっは!!」

「あ、あたしはパパの娘だもん!!」

「わりーわりー、そうだよな」

「もう……それより、今回の報酬、七割は貯金しといてね。いっつもお酒に使っちゃうから、なかなか目標金額に届かないんだからね」

「わーってるよ。でもな、掃除した後の一番湯に入ったら、飲まずにいられねーべ?」

「……パパ?」

「う……わ、わかりました。はい」


 バニッシュさん、ヴェンデッタに威圧されて負けた……やっぱり、女って強い。

 俺は苦笑しつつ、バニッシュさんに聞いてみた。


「貯金って、何か買うんですか?」


 何気なく聞いた質問だった。

 バニッシュさんはニヤッと笑い、楽し気に応える。


「ああ。鉱山を買うんだ。傭兵辞めて、炭鉱夫にでもなろうと思ってな」


 炭鉱夫。

 バニッシュさんの言葉が、俺の心に突き刺さった。

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