容疑者
第1476話 展開
軽い打撃音が何もない意識の中で大きくなるのを感じていた。それが次第に具体性を帯び、そしてそれが寝ている自分の部屋を叩いている音だと気づく。そんな中、誠は目を覚ましていた。
「なんだよ……」
相変わらず寮の誠の部屋のドアを叩く音は続いている。だがすぐにそれがカウラが誠を起こそうとしているのだと直感した。誠も半年近くあの三人と暮らしていればかなめやアメリアならこういうときは怒鳴り込んできているはずだと言うことくらいわかっている。
「すみません……ちょっと待って……」
そう言って布団を払いのけて立ち上がったところでドアが勝手に開いた。
「のんびりしやがって……」
呆然と立ち尽くすカウラの隣のかなめ。誠もいつものことながら憮然とした表情でかなめを見つめていた。すでに二人とも出勤前の身支度は済んだという感じで、パジャマ姿の誠を見下すような感じで見つめている。
「……技術部の情報将校の皆さんの調査が終わったんですか?」
誠はまだ半分眠っている頭に浮かんだ言葉を口に出してみた。二人とも顔を見合わせて大きなため息をついた。
「まあ、そんなところだ。とっとと着替えて食堂に来い」
かなめはそれだけ言うと立ち去る。立ち尽くしていたカウラ。ようやく布団の上にあぐらを掻いた誠の間に気まずい雰囲気が漂った。体がまだ睡眠の余韻に浸って言うことをきかない誠は何とか立ち上がろうとする。
「まあいい、ちゃんと起きてから食堂に来い。それに……そのパジャマ。ちゃんと洗濯しろ。臭いぞ」
それだけ言い残し消えていくカウラ。
「ドアぐらい閉めてくれても……」
誠は直感でそのままドアに伸ばした手を止めた。すぐにその手は何物かに強く握られている。
「クラウゼ少佐……」
ドアの影のアメリアの紺色の長い髪に誠はため息混じりにそう口を開いていた。
「びっくりした?」
「いえ、慣れましたから」
「そうつまらないのね」
誠の手を離してアメリアはそのまま消えていく。誠は仕方なくそのまま戸を閉じると着替えることにした。とりあえず黒い量販店で値段だけを見て買ったパジャマを脱いで美少女戦隊モノのTシャツに袖を通す。
「はあ……情報将校さんの検索結果か……」
ため息をつくと今度はジーンズに足を通した。そのまま寒さに耐え切れずにセーターに袖を通す。一月も終わり。地球と同じだと言う公転周期を持つ遼州の日差しもなぜか冷たい。
これも量販店で買ったジャケットを羽織ると誠はそのまま廊下に出た。住人に整備班員の占める割合の高い寮は出勤時の騒動の中にあった。廊下を歩いても誠の隣を駆け抜けていく技術下士官が三人もいた。
「僕も急がないと」
そう言って誠は階段を駆け下りる。そして途中で洗面所に立ち寄った。
「おはようございます!」
突然の大声に眠っていた誠の意識が瞬時に醒める。見てみれば技術部に先日転属してきた甲武帝国出身の技術兵だった。年は確か誠よりも二つくらい上。額のほくろが特徴で時々それをアメリアに弄られているのをよく見かける。
「ああ、おはようございます」
誠はどうにも年上に直立不動で敬礼されるのがむず痒くなって、無視してそのまま顔を洗っていた。その間も技術兵は敬礼の姿勢を崩そうとしない。
「すいません。そんなに畏まれても……」
「我が隊のパイロットに対する当然の礼儀であります!」
「うちじゃあそう言うのははやりませんよ……西とかを参考にしてください」
「了解しました!」
大声で叫ぶ技術兵の迫力に閉口しながら、誠はいつものように誠は食堂のドアにたどり着いた。
「遅い!遅い!」
カウラが珍しく大きな声で誠に叫ぶ。彼女の隣にはかなめとアメリア、そして都内のアパートから来たらしいラーナの姿もあった。
「緊張感が足りないんじゃないすか?」
ラーナのきつい一言に頭を掻きながらカウラ達の座るテーブルに席を確保する。
「結果は出たんですか?」
そんな誠の言葉にカウラ達は顔を見合わせた。
「法術適正があって時期的に豊川付近に移住している人物のピックアップはできたんだが……」
一冊のファイルをカウラが手にしているのが見える。表には写真と経歴。ぱっと見たところでページ数は二、三十ページという風に見えた。
「でもだいぶ絞り込まれてきたじゃない。ローラー作戦とかをやると思えば労力は雲泥の差よ」
「まあ……確かにそうだ」
浮かない顔のカウラ。納得したようなアメリア。かなめは今ひとつ納得できないと言うように腕組みをしている。
「ともかく対象はかなり絞られたんす。後はそれぞれのアストラルパターンを検出。そして符合した人物の行動を追っていけばいいんすよ」
「簡単に言うなあ、お前さんは」
ラーナの言葉にかなめが眉をひそめる。そして誠も今ひとつ理解できずについ朝食の乗ったトレーを持って珍しそうに自分達を眺めている島田と目があった。
「俺は……とりあえずしばらく無理だから」
本心では先月の厚生局の法術違法研究が露見した一件のように参加したい気持ちでいっぱいなのだろう。島田は味噌汁の椀を手に持ったまま恨めしそうな視線を誠に向けてくる。
「あてにしてねえよ」
そんな島田の気持ちをあえて踏みつけるようにかなめはつぶやく。なんとも雰囲気が良くないことで誠も少し状況が読めてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます