第801話 内戦の予感
「それが内戦と言うものだ」
そう言ってにこりと笑った斎藤は楓が注いだ酒の入ったコップを傾けた。
内戦と言う言葉。
それは場の雰囲気を変えるには決定的な言葉だった。血気盛んな将校たちも斎藤と明石の迫力の前に押し黙った。醍醐もまた上座で黙って酒をすすっている。
「内戦とか……そんなことは私達は……」
「じゃあ何がしたいんだ?テロか?政変か?格好は良いが力で捻じ曲げた現実はいつか跳ね返ってくるものだよ」
明石がたたみ掛けると言葉を発した眼鏡の海軍技術将校は押し黙る。
「状況を把握する。若いのには難しいのかね……」
杯を干した醍醐はそう言うと前のめりになって明石達ににじり寄った。
「確かにもう内戦は避けられないな。辺境コロニーじゃ小競り合いも始まってる。陸軍省にも事件報告が山のようにある。斎藤君。君の濃州も越州の城達とやっているじゃないか」
醍醐の言葉に思わず視線を落とし頭を掻く斎藤を見て明石は改めて国の現状を思い返した。
すでにいくつかのコロニーでは中央に軍籍を返還して帰郷、私財を投じて自警団を結成する動きがあるという噂は聞いていた。
「お嬢様は少し状況を楽観しているのは事実ですけどね。ただ俺達も黙ってみているほど甘ちゃんじゃないですよ」
斎藤はそう言って楓が差し出す酒瓶に杯を差し出す。酒が静かに注がれる。辺境コロニーの情報は下士官クラスには秘匿されていた情報だった。場が小声でのささやきあいに包まれ、緊張感が同志達に広がる。
「どうやら時間のようだ……すまないな別所君。できるだけ多くのシンパを集めることが第一。情報の共有が第二の課題だ。残念ながら保科老人のもたらした平和も一時的なものだったのが分かった今、態度を明確にしていない連中を一人でも多く囲ったほうが今回の戦いに勝つことになる。頼んだよ」
そう言うと醍醐は立ち上がった。場にいる士官達は立ち上がり、去っていく醍醐の背中を見送った。
「内戦か……」
明石がつぶやくのを周りの将校達が見つめている。それぞれの目に決意と絶望が写っているのを見て明石は昔の自分を思い出した。
『世間に顔向けできないことを始めようというときの面やで、あれは。まあ人さんには顔向けできへんやろな、こんな物騒な話』
そう思うと明石は一番にどっかりと腰を下ろした。
「どうだい、まだ飲みますか?」
斎藤はその正面に座ると徳利を差し出す。明石もニヤリと笑って彼に杯を差し出した。
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