第795話 強き母

「新ちゃん」 


 開いたふすまから西園寺の妻康子が顔を出す。


「ああ、お姉さま」 


 それまでの余裕を失い口を引きつらせる弟に西園寺は笑いをこらえるのに必死だった。


「新ちゃんはこの家が滅びても良いという考えなわけね」 


 そう言って静かに弟ににじり寄る妻を西園寺は見物することに決めた。


「そう言うわけじゃないですけど……」 


「嘘!新ちゃんは遼南皇帝でしょ?なら勅書を出してこの対立を収めることくらい出来るはずでしょ?」 


 そう言ってさらににじり寄る姉に身を固めて動けない弟。貧弱な幼帝だった彼に武術を教え、剣を研がせた師である姉が最大の天敵であることを知っている西園寺にはこれからの行動が見えてついには噴出していた。


「康子さん。あまりいじめないでくださいよ。コイツも事情があるんだ。なあ」 


 兄の言葉にようやく我に返った嵯峨は静かに身ずまいを整える。


「そうね、じゃあこれだけは約束して頂戴ね」 


 そう言って康子は振り向いた。そこには陸軍士官学校の制服を着た娘の要が立っていた。

「かなめちゃんに恥ずかしくない胡州を作ること。それだけは約束してね」 


 姉ににらみつけられる嵯峨。彼には頷く以外の道は残されていなかった。

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