西園寺サロン

第774話 切れ者の友

 海軍省の建物を出るとすでに胡州の赤い空は次第に夜の紫に染め上げられようとしていた。


「そうだ、明石。付きあえ」 


 突然の別所の言葉に明石は当惑した。だがそれを別所に悟られるのが悔しくて向きになって彼を見下ろした。


「ええで。だがこいつ等の足はどないすんねん」 


 そう言って魚住と黒田を見やる。別所の車で四人で来たため二人は足を奪われることになった。


「ああ、心配するな。タクシーでも拾っていくことにするから」 


 魚住は満面の笑みで黒田を見上げる。黒田はそれで何かを気づいたと言うようににんまりと笑った。


「じゃあ、決まりだな。来い」 


 そう言って別所はそのまま裏手の駐車場に向かう。明石もそれに続いた。閑散とする駐車場に一台止められている黒いスポーツカー。それに向かって歩く別所。


「どうだ?保科と言う御仁は」 


 車の周りで挨拶をしている武官達をやり過ごすとつぶやくようにたずねてくる別所に明石は首を振った。


「あれだけで分かるんやったら苦労せえへんわ」 


「そうだな」 


 別所はそう言うと車のキーを開ける。明石は体を折り曲げて狭い車内に体をねじ込むようにして座った。


「黒田の奴、よう座っとったな。ぶちきれて殴りかかるんやないかと冷や冷やしたで」 


 そう言う明石の言葉を無視してそのまま別所は駐車場を出た。


「それはともかく……実はな。お前の昇進と部隊配属が正式にに決まったんだ」 


 友の口からそんな言葉が出ても特に明石は驚かなかった。赤松准将の懐刀として知られた別所は上層部にもパイプを持っていることは知っていた。さらに、西園寺派の陸軍の醍醐少将などとの連絡を行っているのは彼の部下達だった。


「まあ、昇進試験は自信があったからな。それに西園寺公の推挙があれば海軍じゃフリーパスなんやろ?」 


 皮肉るつもりだが、別所は乗ってこなかった。そのまま車は屋敷町を走る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る