新たなフェーズ

第756話 公安調査庁

 そこは取調室だった。東和共和国内務省公安調査庁本庁舎の18階の一室にその部屋はあった。嵯峨惟基はただぼんやりと目の前の何もない壁を眺めていた。


 すでに彼がここに自首をしてから8時間が経過している。この取調室に連れてこられたものの供述調書を求められることも尋問されることもなく嵯峨はずっと放置されてきた。


 時折、タバコを吸いに外に出られるくらいその監視体制は緩いものだった。


「お待たせしました」


 突然、扉が開いて背広の中年の男が現れる。その後ろには若い男が付き従っていた。


「待ったなんてもんじゃねえよな……俺本当に何しに来たんだろうって考えちゃったよ。尾行までつけてるのにずいぶんとつれない対応だねえ」


 嵯峨はそう言って笑いかけた。年かさの方が嵯峨の正面に座り、若い方はそのまま書記の机に腰を掛けた。


「嵯峨さん。あなたの部下達の活躍で例の危険物の危険は除去された模様です」


 中年の調査官は笑顔を嵯峨に向けてきた。


「でしょうなあ……アンタ等が放置していた俺に関心を持つなんて何かあった時だけだもんなあ……それで、俺に何が聞きたいの?内容によっては答えないこともないけど」


 まるで調査官を取り調べるような調子で嵯峨はそう言った。


「あなたのところの吉田少佐が持ち出したとされる例の機密の件ですが……」


「持ち出したのはアイツじゃねえよ、インパルスカノンを乗っ取って大戦争を始めようとした地球人至上主義者達がいるじゃないの……そっち当たってよ……俺も暇じゃねえんだから」


「全くああ言えばこう言うだな」


 年かさの調査官がすげなくもてあそばれる様子を見て若い調査官はぽつりとつぶやいた。


「アンちゃん。取り調べなんてこんなもんだって……で、何が聞きたいのよ」


 完全に取り調べの関係が逆転している様に年かさの調査官は咳払いで嵯峨のペースを乱そうと試みた。


「うちの馬鹿連中のことだもの、信じてたよやってくれるって……それよりさあ……聞きたいことがあるんだけど」


 相変わらずマイペースに質問を繰り出してくる嵯峨に若い調査官は思わず立ち上がろうとしたが年かさの調査官の視線に止められた。


「アンタ等本当に公安の人?ここが公安調査庁の取調室ってことは分かるんだけどさ……普通調書を取ろうってところだったら来てすぐに質問攻めにするじゃないの?普通。それが全くなし……半日こんな辛気臭い部屋に閉じ込められて放置プレーって……俺が胡州の憲兵隊にいたときはもっとスムーズだったよ」


 嵯峨の突然の問いに二人は顔を見合わせて嵯峨をにらみつけた。


「いやあ、あくまで軍国主義国家の胡州のことだから、参考にはならないけどね……おかげでタバコも吸いに行けたし」


 それだけ言うと嵯峨は立ち上がった。


「どこに行く気か!」


 若い調査官は突然立ち上がった嵯峨に驚いたかのようにそう叫んだ。


「だって聞くことなんて無いんじゃないの?俺に。うちの連中と俺が連絡がつかないようにするだけの目的で拘束してたって考えるのが普通だよねこんなの」


 嵯峨はそう言うとそのまま出入り口に向かう。若い調査官は驚いたように立ち上がってその前に立ちふさがった。


「貴様には国家機密漏洩の嫌疑が……」


「それはこっちのセリフ。さっき爆発したとか言うアレの持ち主がいつの間にか変わってたの……アンタ等の手引きじゃないの?同盟破綻を狙ってる勢力がいるらしいよ……内務省内部にも」


 そう言って笑いかける嵯峨を若い調査官は止めることができなかった。


 嵯峨はそのままドアに手をかけ振り向いた。


「ああ、アンタ等、俺達をね……舐めないでね、痛い目見るよ」


 それだけ言い残すと嵯峨は取調室を後にした。

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