第677話 入店
「はい到着」
気にする様子もなく吉田は車を駐車スペースに一発で停めてサイドブレーキを引く。二人はシートベルトを外してそのまま車を降りた。
夜の繁華街。都心部でもないこの豊川の町はかなり寂れた印象がある。だが二人ともその雰囲気は嫌いでは無かった。
「寒いね」
「冬だからな」
当たり前の会話が続く。アーケードの脇の路地を進む二人。時折カラオケのうなり声がスナックの防音扉から漏れるのが聞こえてくる。
「また……やるんだ 」
目的地のあまさき屋の裏まで来たところでそのまま裏通りを進もうとする吉田に呆れたように声をかけるシャム。
「当たり前だ。ポリシーだよ」
そう言うと吉田はそのまま裏路地に姿を消した。シャムはそんな吉田を見送ると表通りに進路を取った。
「なんだ?シャム一人か?」
店の前、ちょうど到着していたのはランと明石だった。
「え?ええ、まあ」
「吉田のアホはまた裏からよじ登るつもりやな。毎度飽きない奴やなあ」
呆れたような顔で紫の背広の明石があまさき屋の暖簾をくぐる。
「いらっしゃい!」
それなりに客のいる町のお好み焼きの店のカウンター。薄紫の小袖を着て目の前のサラリーマン風の客に燗酒を差し出している女将の家村春子が快活な笑みを浮かべていた。
「女将さん、上、空いてる?」
「まあ。いつものことじゃないの。知ってて来たんでしょ?」
明石の言葉に春子は明るい笑みで答える。ランはすでにその言葉を末までもなく奥の階段をのぼり始めていた。
「シャムちゃんがそこにいるってことは……また吉田さんは裏からよじ登るつもりね?」
「いつもうちの馬鹿がすいませんね!」
階段から小さな体をねじって振り返りランが答えた。
そんままランは階段を駆け上っていく。
『馬鹿野郎!』
『嫌だな、中佐。ただの冗談じゃないですか……』
『人騒がせな冗談だな』
二階のやりとりを聞きながらシャムと明石は苦笑いで階段を上る。上座にどっかりと座っているラン。その隣で手に靴を持った吉田が愛想笑いを浮かべていた。
「ああ、靴置いてくるから」
それだけ言うと吉田は照れたような笑みを浮かべながら階段を駆け下りていく。
『なんだよ、ロボ。また二階からのご登場か?』
かなめの快活な声がランの隣の鉄板を占領したシャムの耳まで聞こえてきた。
「あ、誠ちゃん達着いたんだ」
「もうええ時間やさかいな。当然なんとちゃうか?」
明石はそう言いながらランの座っている鉄板の横にちょこんと座る。巨体が売り物の明石の隣にどう見ても小学生のラン。しかも同じ中佐の階級だがランが先任と言うことで常に明石がランのご機嫌を伺うことになる。
いつもの光景ながらシャムはその滑稽な有様を見ると吹き出してしまいそうになった。
「おう、もう来てるな!」
ずかずかと大きな態度で現れたかなめ。それをなんとか制するように頭を下げながらシャムの隣の鉄板に導く誠。カウラはいつものように黙って誠の正面に座る。
「あれ?アイシャは?」
「あのアホか?なんでもサラと話があって遅れて来るってさ。どうせパーラの件だろ?」
まるで心配することは無いというようにかなめは頼むものが決まっているくせに鉄板の脇に置かれてあったメニューを開いて見始めた。
「鎗田も観念したんとちゃうか?」
「それ鎗田の都合だろ?パーラの奴にも都合があるんじゃねーのか?」
ランは小さな体に似合いの小さなスタジャンを脱ぎながらネクタイを弄る明石を上目遣いに見つめた。それにあわせるように女将の家村春子と娘の小夏がそれぞれに突出しとおしぼりを持って現われる。
「本当に明石さんはご無沙汰ね」
「いやまあ、済みません……どうにも本局勤めは柄にないとは思うとるんですが……なかなか」
「少しは明華さんのところに顔を出してあげなさいよ」
婚約者の名前を出されてただ明石はただひたすらに頭を掻く。それを色気のある切れ長の目で一瞥すると、春子は小夏と一緒に突出しやおしぼり、そして小皿を配り始めた。
「いやあ!女将さんにはかないませんなあ!」
明石はいつも通り快活に笑う。それを見てなぜか誠までうれしそうに笑う。シャムは不思議に思っていた誠の少しだけの復活について聞いてみたい欲求に駆られて身を乗り出した。
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