整備風景

第665話 訓練プログラム

 ハンガーでは相変わらずの修羅場が目の前に展開されていた。そんな状況の中、シャム達の目の前には出たときは無かった巨大なコンテナが行く手をさえぎっている。


「あれなに?」 


「とりあえずうちでのメンテを終えたエンジンですよ、対消滅エンジン。多分『カネミツ』か『クロームナイト』……」 


「え?『クロームナイト』?」 


 アンの言葉にシャムは身を乗り出した。コンテナの周りには耐熱装備の整備班員が見える。事実すでにハンガーの外の冷風が中から噴出す熱風で汗が自然に流れるほどになっていた。


「ああ、ナンバルゲニア中尉!」 


 声をかけてきたのはつなぎ姿の西だった。彼はエンジンの担当とは別のようで見物人のような顔でシャム達に振り返ってくる。


「どうしたの?西きゅん」 


「西きゅんは止めてくださいよ。ここは危ないですよ、正門から回ってください」 


「でもあそこ」 


 シャムが指差す先には耐熱装備の技術者と語り合っているラン達の姿が見えた。


「ああ、あれは……説明を受けてるんだと思いますよ。オリジナル・アサルト・モジュール用のエンジンの積み替えなんてめったに見れませんから」 


「それじゃあやっぱり『クロームナイト』のも?」 


 心配そうなシャムにアンは笑顔で首を振った。


「違いますよ。『ホーン・オブ・ルージュ』です。あれは以前からエンジンの出力が安定しなくて……それでさっきから『05式』とかのエンジンのデータと一部反応済み反物質を抜き出して対消滅エンジンの安定領域まで持ち込んでから今の抜き出し作業をやっているわけです」 


「そうなんだ……」 


「分かっているのか?」 


 カウラの声が後ろに響いた。


「ええと……分かんない」 


「だろうな」 


 そう言うカウラの目は目の前の交換作業に集中している。隣では誠も黙ってエンジンの入ったコンテナを見つめていた。


 コンテナに天井からホースのようなものが下ろされる。耐熱服を着た整備班員がそのホースの先を受け取るとそのままコンテナにそれを接続する作業に入っていた。


「ねえ、誠ちゃん。誠ちゃんは本当は技術畑でしょ?」 


 シャムの言葉にしばらく気づかなかった誠だが、彼女の足踏みを聞くとようやく理解したと言うようにうなづいた。


「あれですか?今はエンジンの中は反応は沈静化しているはずですがまだまだ高熱を持っていますから。それを冷ますためにとりあえずナトリウムを注入するんです」 


「なとりうむ?お塩?」 


 シャムの頓珍漢な答えにしばらく誠は頭を抱えながらシャムでもどうすれば分かるように説明できるか考え始めた。


 誠はしばらく考えた後ゆっくりと説明を開始した。


「ええと、それじゃあ行きますよ。まず対消滅エンジンの動力源は?」 


「馬鹿にしないでよ。反物質。たしか……ヘリウムとかから作るんだけど……ヘリウムガスと関係あるの?」 


 いつものように脱線するシャム。誠は無視して話を続ける。


「そうなんですが、とりあえず人工的に反物質としたヘリウムをさっきシャムさんが言ったヘリウムとぶつけて対消滅反応を起こしてエネルギーを発生させてそれを利用して多量の電気エネルギーや波動エネルギーを利用してパルスエンジンでの飛行や関節の運動に使っているわけですが……かなり巨大なエネルギーが得られるのは分かりますよね?」 


 わかって当然と言う顔の誠なのでしかたなくシャムはうなづいた。


「比較的現在の反重力エンジンは効率がいいエンジンなんですが、それでも多量の熱が発生します。まあオリジナルタイプに関しては、これを法術で位相空間に転移させてさらに対消滅反応を加速させるなんていう荒業をやってのけるわけですが、それはそれ。ものすごい高温を何とかしないとエンジンが破損してしまうんです。その為に冷却材として使用されるのがナトリウムです」


「お塩を使うんだ」 


「それは塩化ナトリウムです」 


 呆れてアンが口を挟む。シャムはそれを聞いてもまだ分からないような顔をしているので誠は別の切り口から説明をすることにした。


「ともかく熱いままだと触れないでしょ?お鍋とかも」 


「そう言うときは台布巾で……」 


「台布巾は関係ないです!ともかく冷やさないとエンジンのメンテナンスが出来ないから今冷やしている作業中なんですよ」 


 誠はさすがにさじを投げたと言うように叫んだ。今だに分かっていないシャムを見てカウラは誠の説明能力が足りないと嘆くようにため息をついた。


「で……冷やすのになんでそのなとりうむなの?」 


「温度が高すぎるんですよ。水なんかだと高温すぎて安定しませんから」 


 アンの言葉を聞いてもまだシャムには理解できなかった。


「じゃあなとりうむを一杯入れたら冷えるんだね」 


「別に量は関係ないですけどとりあえず冷やす工程をしばらく続けてから運び出し作業に入るみたいですよ」 


 そう言うとアンはハンガーの出口に向かう。


「見て行かないの?」 


「昼過ぎの訓練のレポートを進めたいんで」 


 そう言ってふざけたように敬礼するとそのままアンは走ってハンガーを出て行った。


「アタシ達も行こうよ」 


「私はしばらく見ていくつもりだ。先に行ってくれ」 


 カウラの言葉。誠もじっとその横に立ち尽くしている。シャムは仕方なくそのままハンガーを後にした。


 外に出ると急に気温が降下したように体が冷えるのが感じられる。ランニングが終わってしばらくは暖かかった体のままハンガーの中のエンジンの出す猛烈な熱を浴びていた。その為筋肉が冷えてきても温かさを感じていたせいで北風の吹きすさぶグラウンドの空気はことさら体に堪えた。

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