第644話 重役出勤
じっと中華丼とチャーシュー麺を見比べていたシャムがふと人の気配を感じて戸口に目を向けた。
「おはようございます!」
突然の闖入者である神前誠(しんぜんまこと)の登場に全員が入り口に目を向けた。
「どうしたんですか……?」
しばらくおたおたと大柄な誠が周りを見回す。いつも通りの気弱なその表情に全員の大きなため息が響いた。
「神前、少しはどっしりと構えて見せろよな」
ランが苦虫を噛み潰したような表情で長身の隊員に視線を送る。誠はしばらくどうするべきか迷っていると言うようにこの部屋の異物と言うことで共通認識のあるキムに向かって笑顔を向けてみた。
「ああ、神前。昼飯の注文だけど……」
「ああ、僕達なら食べてきました……」
「美味しかったですよね、焼肉」
神前の長身の後ろから甲高い少年のような声が響いた。彼が先ほどまで話題になっていた怪しげな美少年アン・ナン・パク。浅黒い肌の首筋を軽く自分で撫でながらゆっくりと第三小隊のがらりと空いた机に向かっていく。
「誠ちゃん達、焼肉食べたの?ずるいな」
「焼肉か……」
シャムは羨望の目で、かなめは怪しむような目でまだ入り口で棒立ち状態の誠に目を向けた。
「あの……別に……そんな……」
「いつまでそこに立ってるんだ?いい加減座れよ」
ランの言葉にようやく踏ん切りがついたというように誠はかなめの正面の自分の席に座った。その様子を一部始終ニヤニヤ笑いながら見つめていたヨハンはメモに注文を書き付けるとそのまま誠が立っていた部屋の入り口へと向かう。
「それじゃあ注文してきますから」
「頼むぞ」
ヨハンが出て行くと部屋の住人の視線は自然と着替えたばかりの勤務服のネクタイを締めなおしている誠に向かうことになった。しばらくネクタイの先を気にしていた誠だが、すぐにシャム達の視線が自分に向かっていることに気づくとそれを受け流すように無視してそのまま端末の起動ボタンを押した。
「聞かないの?」
シャムの言葉に声をかけられたかなめの顔が思い切りゆがんだ。
「何が言いてえんだ?」
「言わなくてもわかるじゃないの……」
含み笑いが自然とシャムの口元に浮かぶ。かなめはそれが顔には出さないものの誠を心配している自分の心を見透かしているようで気に入らずにそのまま立ち上がった。
「西園寺さん……」
「タバコだよ!」
誠の言葉にさらにいらだったようにかなめは立ち去る。
「かなめちゃんももっと自分に素直になればいいのに……」
「ナンバルゲニア中尉、結構意地悪ですね」
ニヤニヤ笑いながら、アンは端末のキーボードを叩き続ける。小さい頭をモニターから覗かせて様子を見守っていたランもかすかに笑みを浮かべると自分の作業を再開した。
「でも……西園寺さん……何かあったんですか?」
「相変わらず鈍いねえ……まあお前さんらしいがな」
誠の一言にそう返しながら吉田は目をつぶる。その目の前では目にも止まらぬスピードで画面がスクロールされ何がしかのシミュレーションデータがくみ上げられていっていた。
「あ、僕やっぱり話してきます」
「神前!子供じゃねえんだ。テメエの検査のデータの提出が先だ。あと30分でなんとかしろ」
ランは非情に叫ぶ。心配そうにかなめの出て行った扉を目にしながら誠は腰をすえると起動した端末の画面に厚生局のデータルームにつながるシステムを起動させる。
「そうだよ、お仕事お仕事」
シャムはそう言うといっこうに進まない自分の経理伝票の入力を再開した。
シャムがめんどくさそうにキーボードを叩き始めるのにあわせたように一斉に部屋中の音が消えた。
ランは静かに手元の訓練結果の資料と画面の内容を精査し始めた。相変わらず吉田は目の前で組み上げられていくプログラムを黙って見つめている。アンはちらちらと誠に目をやりながらポケットから出した検査結果の用紙に目を走らせていた。誠はその視線をいかにも嫌がっているというような苦笑いを浮かべながら画面を覗き込んだまま微動だにしなかった。ただ一人ぽつんと第四小隊の机の島に取り付いていたロナルドは手にした英字新聞を真剣な顔つきでにらめつけていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます