第635話 草むしり

 廊下を進むと目の前にはハンガーが見えた。そこには早朝だというのに人の影と機械の作動音が満ちている。


「ああ、シャムにマリア。お疲れ様」 


 ハンガーに並ぶ巨大人型兵器『アサルト・モジュール 』で部隊で採用している05式の手前で部下から説明を受けていた、技術部部長許明華大佐がぼんやりと歩いていたシャム達を見つけた。


「へえーエンジン交換するんだ」 


 シャムもパイロットである。自分の愛機である05式乙型の輪郭とそのエンジン部分に説明書きが集中しているところから直感でそう尋ねた。


「まあね、シャムのクロームナイトの稼働データで結構05式のエンジン出力に余裕があるのがわかったから。うちは大体が数的には劣勢状態で実戦になることが多いんだから。少しはましな機体を用意しないとね」 


 そう言いながら明華は苦笑いを浮かべた。その表情がこれ以上仕事の邪魔をするなということだと悟ったマリアがシャムの肩をたたく。


「じゃあがんばってね」 


「一応がんばっておくわ」 


 シャムは明華に手を振るとそのままゴミ袋を片手にハンガーを通り抜けた。


「総員注目!」 


 グラウンドに出るとマリアは声を張り上げた。中央でぐったりとしていた隊員達が驚いたように立ち上がる。どの顔にも夜間訓練が終わった後も解放されることなく居残りを命じられたことで憔悴とあきらめの表情が浮かんでいた。のろのろと立ち上がろうとする彼らに厳しいマリアの叫びがこだまする。


「急げ!」 


 マリアの二言目にはじかれたようにして彼等はマリアの周りに集まった。


「今日はご苦労だった。だが我々はこの基地の警備と管理を担当している。そこで……」 


 そう言うとマリアは隣の明らかに小さくて親子にも見えそうなシャムに視線を落とした。


「あのね、みんなにお仕事を頼みたいの」 


 シャムの言葉に隊員達は全員不思議そうにシャムの持っているゴミ袋に目をやった。


「予想はついていると思うが畑の草むしりだ。貴様等の先輩達もきっちりこなしてきた仕事だ。バックネットの裏から家畜小屋まで全部やれ。始業時間までにすべての雑草をむしること」 


 そう言うと笑みを浮かべるマリアだが、これまでの厳しい訓練から隊員達は緊張した面持ちでシャムに目をやった。


「お願い」 


 子供にしか見えないシャムにそう言われては断るわけにもいかない。そんな感じで警備部の新人達はそれぞれ畑に向けて走り出した。


 空は夜明けを迎えていた。真冬だというのに隊員達の首筋には汗が光っている。


「今日もいい日になるといいね」 


「そうだな」 


 シャムとマリアは空を見上げる。その背後ではハンガーの作業の立てる金属音が響いていた。


「それじゃあ行くよ、マリア」 


 歩き出したシャムに続いてマリアも歩き始めた。グラウンドを抜けると黒い色の土が見えた。丸くなっている白菜。半分以上収穫しつくされた春菊が目に飛び込んでくる。


「野菜の趣味は隊長のものなんだよな」 


「去年は土を作るので精一杯だったからみんなの要望にはこたえられなくて……マリアは何がほしい?」 


 微笑むシャムを見ながらマリアは苦笑いを浮かべていた。


「とりあえず今年もジャガイモは作るのか?」 


「うん、作るよ。去年開墾したところがまだ土ができていないから」 


 そう言うとシャムはしゃがんで必死に雑草を探している隊員達の間に割り込んだ。


「野菜と雑草。教えたよね……ってそこ!」 


 シャムが指差した先では白菜を刈り取ろうとしているスキンヘッドの大男の姿があった。


「すみません!わからないもので……」 


「それは白菜!雑草は……」 


 そう言うとシャムはしゃがんで見せる。そしてすぐに小さな葉っぱを見つけて引き抜いた。


「これくらいの草だよ。あんまり大きいのは野菜だから」 


 シャムの言葉にうなづきながらマリアが腰を下ろして畑の畝を左右見ながら進んでいる。その光景に彼女の部下達は少し驚いたような表情を浮かべていた。


「ごめんね、マリア。なんだかつき合わせちゃって」 


「別にいい。うちもかなり野菜はもらっているからな。少しは貢献しないと」 


 そう言いながらマリアは鎌で器用に芽が出たばかりの雑草を刈っていく。


「ああ、持てなくなったらこれに入れてね」 


 シャムがビニールのゴミ袋を広げる。それを見ると隊員達は次々に手にした小さな冬の草を袋に放り込んだ。


 早朝の冷たい冬の日差しが畑を明るく照らし始めた。腰を曲げているのに疲れた眼鏡の隊員の影が長く西へと伸びていた。


「それにしても……今年は暖かいんだな」 


「そう?……やっぱりそうね。霜もまだ降りたの何回かしかないもんね」 


 マリアの言葉にうなづきながらもシャムの手は器用に雑草をむしりとっている。


「霜には野菜は弱いんじゃないの?」 


「霜が降りるとねぎがおいしくなるよ。甘くて……鍋に入れると最高」 


「それじゃあ隊長が気にしているはずだ」 


 マリアの苦笑いに思わずシャムはグラウンドの向こうのハンガーに目をやった。その入り口で嵯峨惟基がタバコを吸いながらこちらを眺めている姿が目に入る。


「本当に鍋が好きなんだね。隊長」 


 嵯峨の姿を確認するとシャムは満足げにうなづいた。

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