第590話 容疑者

「それでもまだ人数が多すぎるんですね」 


 手にした冊子を手渡そうとするカウラを制して、ラーナは端末の画像を誠にも見えるようにしてみせた。そこには15人の男女の写真と経歴が並んでいるのが見えた。


「この全員に『警察のものですが……失礼ですがアストラルパターンデータの計測をお願いできますか?』と言って回るわけか……殴られるぞマジで」 


 かなめの言葉。そしてアイシャがため息をつく。


「でも……任意の調査でお願いすることは……」 


 誠の一言に全員の生暖かい視線が誠に向けられた。


「おい、この元となる資料。もしホシを検挙して証拠に使うつもりか?どれもあのロボ少佐の違法なアクセスで見つかった資料だ。証拠どころかアタシ等が大悪人に仕立て上げられて終わりだよ」 


「さすがの西園寺もそのくらいは分かるんだな」 


「そのくらいって何だよ」 


 カウラとかなめがにらみ合う。誠もようやくこの15人を一人に絞り込むことの難しさに納得した。


「じゃあ……全員の行動を」 


「だから!誠ちゃん。なぜこの15人なのかを知られたら拙いわけよ。それに下手をすれば他の組織が動き出しているかもしれないしね」


 アイシャの言葉に場の空気が不意に冷えてきたのを誠は感じていた。先ほどは完全にかなめに拒否されてへそを曲げている島田。彼も『他の組織 』という言葉を聞くと、箸を止めてしばらく考え事をするようにテーブルに茶碗を置いてこちらの様子をうかがっている。 


「それはあるかもな」 


 かなめはそう言うとほとんど食べ終わっていた茶碗に湯飲みの番茶を注いだ。食事を終えようとする彼女を見ても誠に食欲はわいてこない。極めて嫌な予感がその原因であることは誠にもわかっていた。


「最近聞く……例の『ギルド』ですか?」 


 誠の言葉に一同は沈黙する。


 法術の威力は明らかになればなるほど恐るべきものだと言うことが知れ渡ってきていた。各国の政府機関や軍がそれぞれに法術の研究を行っている。だが、そんな中、司法局に提供される資料の中で法術師の互助会的な組織の存在が指摘されることが増えてきていた。


 政府機関関係者の間で『ギルド』と呼ばれるその組織はすでにタブロイド紙に目的不明のテロ行為を行う団体が存在すると言う記事を書かせるほどの活動を始めていた。


「『ギルド』だけだと思う?」 


 いかにも含むところがあるというようなアイシャのつぶやき。彼女も直接は口にはしないが地球諸国や外惑星のネオナチ組織、さらに以前の同盟厚生局のように同盟組織内部でもこの事件の主犯の力に関心を持っているのは間違いない事実だ。そう思うと誠はこの事件の捜査が極めてデリケートに行われなければならないと言う事実を痛感した。


「つまりだ。アタシ等の仕事はこの15人の全員の身柄を安全に保ちつつ、その中でこの前のアストラルパターンを持った人間を特定して生きたまま逮捕することだ。分かるだろ?」 


 かなめの言葉に誠はつばを飲み込む。要人略取や暗殺を主任務とする胡州陸軍特殊部隊出身のかなめにそう言われるとさらに事件の解決へのハードルが上がるような気分になる。


「この人数で15人を……無理じゃないですか?」


「無理だろうが何だろうがやるしかないの。わかる?」 


 アイシャはそう言いながら味噌汁をすする。それに頷きつつおかずの鰯を口に咥えているカウラ。見た目は緊張感の無い光景だが、周りの隊員はすべて誠達の話を聞きながらいつでも捜査協力に立候補するようなそぶりを見せているのが誠にもわかった。 


「とりあえず測定可能な場所まで近づくのが一番だろうな。今回の違法法術行使はすべて同一犯の犯行と言うことはアストラルパターンデータで分かったんだから」


 茶碗の中の茶を飲み終えたかなめは覚悟を決めたようだった。


「でも本当にそうなの?このデータ自体に問題が無いと言い切れるわけ?今回だって私達のところに演操術の存在が知らされるまでタイムラグがあったわよね」 


 アイシャの何気ない指摘に突然かなめの表情が変わった。彼女の言葉で味噌汁を飲んでいたカウラの顔色も変わる。


「能力演操のデータは少ないっす。それが同じ人物によるものかはなんとも……」 


 ラーナの言葉に全員が言葉を呑んだ。これまで同一犯と思っていた事件が複数による犯行なら……そう考えるとすべての捜査が無駄になるように思えてきた。誠達は黙り込む。この人数で事件解決することはできない。その結論が出ようとしているときだった。


『そりゃあねえな。自分の調べたデータだろ?もう少し自信を持てよ』 


 突然端末のスピーカーから聞こえてきたのは嵯峨の声だった。いつもの嵯峨の監視癖を思い出したが誠が周りを見渡せばかなめもアイシャもカウラも救われたような顔をしていた。


『吉田から聞いたよ。演操術系の法術のデータなら今そちらに送ったぞ。これはかなり長期の研究の成果だからな信憑性が高いからな。まあこちらも証拠としては使えない某国の秘密実験データのコピーだから犯人の特定以外の役には立たないがな。つまり犯人を逮捕して自白させない限りこの事件は解決しないわけだ』


「叔父貴!アタシ等を踊らせて楽しいか!」 


 腹に据えかねたようにかなめが叫んだ。顔にこそ出さないがカウラもアイシャも同意見というようにラーナの端末に映る部隊指揮官の顔を睨み付ける。


『怖い顔するなって。お前等も俺やクバルカが支えてやらなきゃならねえほど餓鬼じゃねえだろ?自立してもらわねえと俺も困るんだよ……じゃあ期待してるから』 


 そして突然のように嵯峨の言葉が終わる。


 誠にも意味は分かった。状況証拠が揃っても意味が無い。犯人を特定するだけでも無駄。すべては生きている犯人を逮捕して自白をさせ、それにあった承認や証拠を別にそろえなければ事件は解決しない。


「蜂の巣にはできないわけだな」 


 かなめは私服を着ても懐に下げている愛銃を叩いた。その滑稽な動きにカウラが微笑む。


「そう言う事っす。多少の捜査の工夫が必要になると言うこって……ちょっとこのデータを嵯峨茜警視正に送りたいんすけど……」 


 遠慮がちなラーナの言葉にかなめとカウラが大きくうなづく。ラーナはそれを見ると再び端末にかじりついた。


「茜のお嬢さんの調査が終わるまで……時間が惜しいな。どうする」 


 かなめが周りを見渡す。すでに彼女の言葉が分かっているカウラとアイシャがうなづいた。


「とりあえず15人の現在の住所を確認。見つからない程度にその現状を観察していつでも調査結果に対応できるシミュレーションを行なう」 


「カウラ。それだけわかってりゃ十分だ。神前。飯を食え」 


 かなめは満足げに握りこぶしを向けてきたカウラの右手に自分のこぶしをぶつけた。誠は一斉に出勤準備を始めた隊員達を後目に自分の朝食を取りに厨房の前のカウンターに向かって歩き出した。

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