第580話 飲み屋

「何か作戦会議でもしてたんだろ?続けろよ。なんなら意見してやってもいいぜ」 


 吉田は自分が原因だと分かっているくせにニヤニヤ笑いながら誠達を面白そうに眺めていた。


「続けろったって……よう」 


 かなめはそう言うと再び酒の入ったグラスに手を伸ばす。吉田はそれを奪い取った。むっとした表情のかなめだが、すぐに彼女はいつもどおりつまらなそうに視線をそらすとそのまま立ち上がろうとする。


「酒に逃げるんじゃないって話だ。限界なんだろ?通常の捜査なら……」 


「令状無しじゃ何にもできねえんだよ!犯人は確実に東都都心からこっちに移って来た!しかもこの一月の間でだ!そこまでわかっていながら……」 


 そこまで言うと悔しそうにどっかりと腰を下ろすかなめ。同じようにカウラとパーラが頷きながら唇を噛み締めていた。


「まあな。起訴してからの裁判のことを考えなければ転居関係の情報を違法に閲覧してついでに住民票を本人に成りすまして確認、そして特定した容疑者に何かしら脅しをかけて聴取をたのんで……と言うのが俺のやり方だが……どれも今は無理だな」 


 あっさりと言う吉田。誰もがハッキングのプロで彼なら警察上層部に知られずに楽に不動産取引のネットワークに侵入して情報を得ることができることは知っていた。だが犯人を闇に葬ることが目的の非正規作戦任務ならともかく警察官の身分の誠達にはどれも無理な話だった。


「それに今回はたまには足を使うことも必要だって嵯峨のオヤジに言われてね。できるだけヒントを与えるだけにしろって」 


「叔父貴が?アイツはサドだな」 


 かなめの言葉にサラとシャムが目を合わせて噴出す。かなめがにらみつけるが迫力不足のようで二人は相変わらず笑い続けていた。


「大変みたいね……私のおごり」 


 厨房から出ていた春子が刺身の盛り合わせを持って現れた。


「いいんですか?」


 誠の言葉に笑みを浮かべて春子が頷く。母親の甘さに鉢の中を嘗め回すグレゴリウスを眺めていた小夏がいつものようにかなめをにらんだ。


「ええ、色々大変なんでしょ?でもいつでも吉田さんや嵯峨さんの力を借りてばかりじゃ駄目でしょうしね」 


「あー!頭にきた!」 


 そう言いながらかなめは立ち上がると厨房に飛び込んだ。


「大丈夫かな……かなめちゃん」 


 アイシャの心配そうな声だが厨房ではまったく音がしなかった。


 誠達が黙っていると無表情のかなめが手に取り皿を持って現れる。そしてそのまま一同に配り始めた。必死に怒りを押し殺している。そのかなめの奇行を見ながら誠にはそんな彼女の思いが痛いほど分かった。


「そうカリカリするなよ」 


 吉田はそう言うとにんまり笑う。その表情にあわせるようにシャムそして小夏が笑みを浮かべる。


「なんで笑ってるんだよ」 


 そう言いながらかなめは刺身に一番に手をつけた。うまそうに頬張りまた酒を口に流し込む。


「捜査の基本は……餅は餅屋だ。真摯にお巡りさん達に教わればいいだろ?豊川署の連中が信用なら無いなら茜警視正からラーナでも借りれば良いじゃないか」 


 吉田の一言はまるで天啓のように一同を驚かせた。


「そう言えばいたわね。影の薄い捜査官が」 


「今頃くしゃみでもしてるんじゃないか?」 


 アイシャとカウラが笑顔で顔を見合わせる。誠はようやく明るい兆しが見えてきたのでおいしく見えた白身魚の刺身に箸を伸ばした。


「何事も一人で解決するのはなかなか難しいぞ……まあ俺も隊長と出会うまでは一人で何でもできる気でいたからな」 


「吉田少佐にもそんな時期があったんですか?」 


 口に刺身を入れたまま誠がつぶやいた言葉に仕方がないというように頷きながら烏龍茶を飲む吉田。


「まあな。その時に隊長に腰ぎんちゃくみたいにくっついてた馬鹿につい感化されて今の俺があるわけだ」 


「腰ぎんちゃく?私はおまけ?」


 シャムは刺身をほおばりながら笑顔で吉田の言葉に抗議した。


「そうよ。相談すれば知恵も出てくるものよ。だから皆さん元気出してね」 


「ガンバレー!」 


 春子と小夏の言葉になんとなく癒されながら誠はビールに手を伸ばす。


「善は急げだ。とりあえずメールくらいはいいだろう」 


 そう言いながらカウラは端末に手を伸ばす。


「なんだか忙しくなりそうね。なんなら私も運行部の非番のメンバーにも招集かけるわよ」 


「サラ……それは勘弁な」 


 かなめはそう言うと笑顔で酒を呷った。誠もようやく捜査の核になる人物が現れると言うことに最後の望みをつなぐことに心を決めた。

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