第576話 やくざ者

「そこの横丁を……」 


「西園寺。私が知らないとでも?」 


 カウラはやけになって左にハンドルを切る。大きく車体は傾き、カウラのエメラルドグリーンのポニーテールが揺れる。とつぜん現れた近代的な建物。誠にもそれがどうやら不動産屋の店舗だと言うことが分かった。カウラはそのまま車は駐車場に乗り付けられ再び思い切り急停車する。


「カウラちゃん……もっと丁寧に」 


 ドアにしたたか太ももをぶつけたアイシャは自分の紺色の長い髪を掻き揚げながら苦笑いを浮かべた。その座席を後ろに座るかなめが蹴り上げる。


「人の車だと思って……」 


 ため息をつくとカウラはドアを開けて外に出る。アイシャもつられるように出て助手席のシートを倒す。何とかかなめ、誠が狭い後部座席から降車した。


「ここが一番か」 


 カウラの言葉にかなめは苦笑いを浮かべながらうなづいた。


 周りの家々がどう見ても建て替えの費用が無くて修理に修理を重ねて住み続けているという平屋ばかり。そのなかでコンクリート製の築一、二年と言う二階建ての店構え。しかもどんと立つ店の看板は磨き抜かれたように光沢すら放っていた。


「こんな裏小路に入ったところで商売ができるんですか?」 


 誠は半分呆れながら白地に金の字で『豊和不動産』と書かれた看板を見上げていた。


「まともな営業をしている不動産屋ならな。でもまあ……その筋の人間なら話は別だ。それに後ろ暗い法術師が住処を探すならこう言うところのほうがぴったりだろ?」 


 そう言うかなめの視線の先には黒塗りの大型高級車が止まっていた。


「まるで明石中佐の車ですね」 


 誠はそういいながらこの不動産屋がかなめ担当のその筋の人間の経営するものであることがわかった。


 誠の言葉に一度ほくそえんだかなめはそのまま自動ドアの前に立った。


『いらっしゃいませ!』 


 店内に声が響いた。店員達が一同に立ち上がり誠達に頭を下げている。民間企業での仕事の経験などは学生時代に工場で鉄板を並べていたくらいの誠には異様な光景に見えて思わず引く誠。


『あんなあ。その筋の絡んでる店ってのはみなこんなもんだぜ。妙に愛想が良くて……ああ、あそこを見な』 


 小声でかなめがつぶやくその視線の先には大きく張り出されたスローガン。『負け犬は死ね』と言う筆で書かれた文字が壁に張り出されていた。


「あの……」 


 入ってきたかなめの着ているのが東和警察の制服だったことに気づいた受付の女性が一番声がかけやすそうに見えたアイシャに語りかけてきた。誠も声をかけた小柄な長い髪の受付嬢の化粧が一般のOLのそれより明らかに濃いのが目に付いてなんとなくかなめの言いたいことが分かったと言うようにアイシャに目をやった。


「ああ、お仕事の邪魔かもしれないけど……ちょっとお話を聞きたいの」 


 明らかに回りに聞こえるような声でアイシャが口を開いた。その様子におどおどと受付の女性は背後の事務所を見る。そこにはどう見ても回りの緑の制服を着た事務員達とは毛色がまるで違う黒い背広の恰幅のいい男の姿があった。


『やっぱりこれは西園寺さんの担当だな』 


 男が仏頂面で立ち上がるのを見て誠も納得する。以前の誠ならその男の威嚇するような視線におびえて足が震え始めるところだったが、この男と同類の司法局調整官の明石清海中佐が同じような格好をしていたのでとりあえずかなめ達を盾にして後ろで男と目が合わないように天井を見上げる程度で落ち着くことができた。


「申し訳ありませんね。うちは……個人情報の遵守をモットーにしてますから……見てください」 


 男は受付にたどり着くと背後のついたてを指差した。不動産業の営業許可証の隣には個人情報保護基準達成の証書が飾られている。だがかなめはまるで臆することはない。彼女が得意な腕っ節でなんとかなる相手に遭遇した時独特の笑みを顔に浮かべて受付に手を着いた。


「そりゃあ殊勝な心がけですねえ……まったく頭が下がる納税者さん。応援していますよ……納税者さん」 


 かなめが二回『納税者』という言葉を続けるとなぜか悪趣味な背広の男はこめかみに手をやって誠達を一人一人値踏みするような視線を向け始めた。


「あんたら本当に警察の人?」 


 真顔で聞いてきた男の視界から突然かなめが消えた。誠も黙っているうちに男はそのままかなめに組み敷かれて床に転がっていた。


「おう、良かったな。アタシ等は現在東都警察に出向中の司法局の実働部隊員だ……まあアタシの籍は今でも胡州陸軍のコマンド部隊にあるけどな……なんなら試してみるか?」 


 その言葉。そして生身とは思えない動きと重さで口をかなめに押さえつけられている男がうめく。その顔を見てかなめの表情がさらに残酷そうな笑みにゆがんだ。


「ほう……アタシは何度か租界でテメエの顔を見てるけど……出世したもんだなあ。鉄砲玉君」 


 かなめの立て続けの言葉に何かを思い出したように動きを止める男。明らかにかなめを見るその顔は驚きと恐怖が男を支配しているのが分かる。かなめは納得したように立ち上がりスカートの裾をそろえる。


「なんだと思ったら……西園寺のお嬢ですか……そうならそうで……って納税?」 


「そう!アンタ等が今年の純利の約40パーセントを金に変えて租界に運んで……」 


「お嬢!勘弁してくださいよ!何が目的ですか?なんか事件でも追っているんですか?胡州の官派の残党狩りですか?」 


 泣き出しそうに跪く男に誠は哀れすら感じた。恐らくかなめはこの不動産屋の裏帳簿をネットで拾って脱税の記録でも見つけたんだろう。さらにまともな不動産屋のすることではない違法な活動の証拠も握っているかもしれない。彼が振り返るとカウラもアイシャもかなめのすることがはじめから分かっていたようににんまりと笑みを浮かべている。


「じゃあ、オメエの事務所。そっちで話そうか。ここじゃあ拙い話も出てくるんだろ……あ?」 


 とても遼州一の名家の令嬢とは思えない顔つきで男をにらみつけるかなめ。男も仕方なく立ち上がると事務所の職員が失笑を浮かべているのにいらだちながら立ち上がった。


「じゃあ……二階で」 


 そう言うと男は静かに横にあるドアを開いた。かなめが誠達を振り返りにんまりと笑うとそのまま付いて二階に上がる。カウラとアイシャも誠を引き連れてその後ろについてあがった。

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