第542話 母と子

「どうするの!シャム。ここで止めないと!」 


 空中には鎌を構える小夏が浮かんでいた。シャムも小夏も手詰まりと言うように明華を見つめていた。


「カ……ウラ……」 


 カウラを見つめていた怪人ローズクイーンが搾り出すようにそう言う。すぐに鞭のような両腕から生える蔓が痙攣を始め、もがき苦しみ始める。


「なに!何が起きた!どうしたと言うのだ?まさか記憶が?そんなはずが……」 


 突然の春子の状況に戸惑ったような声を出す明華。それを見たシャムが明華に突進する。


 寸前で止まったシャムが杖から放たれた火の玉をゼロ距離で発射する。腹でそれを受ける形になった明華が吹き飛ばされる。その後ろに待ち構えていた小夏が振るう鎌が明華の右肩に突き立つ。


「なに!下等生命体が!ローズクイーン!」 


 明華の声に一人もがいていたローズクイーンが明華のところへ飛ぶ。


 だが、彼女はそのまますべての蔓を明華に絡める。


「何をする!私の言うことが聞けないというのか!」 


 明華は脱出しようともがく。そして全身タイツ姿の変身後の誠に寄りかかるようにして立っているカウラに春子は笑顔を向けた。


「カウラ。ごめんね」 


 そう言って春子は涙を流す。シャムと小夏は同じように涙を浮かべているカウラを見つめる。


「せっかく会えたのに……こんなことしかできなくて……」 


「そんな!お母さん!」 


「私の心があるうちに……意識があるうちに小夏とシャムの力で私ごとメイリーン将軍を消し飛ばすのよ!」 


『ひどい話だな。自分の娘じゃない方の子供に人殺しをさせる?アイシャさん、突っ込み期待のストーリーを狙いすぎですよ』 


 そう苦笑いを浮かべている誠は当然画面に映らない。


「小夏!シャム!母さんを救ってあげて!」 


 カウラの言葉に小夏とシャムは静かにうなづく。


「やめろ!貴様等!こんなことを……母親もろともと言うのか!そもそもこんなところで私は朽ちるわけには!」 


 焦ってもがく明華だが、がっちりと蔓に生えた棘が彼女の機械の身体に食い込んでいて身動きが取れなくなっていた。


「あなた……!許さない!」 


 シャムが展開する巨大な魔方陣から火炎が明華と春子に襲い掛かる。


「くー!グワー!機械帝国!万歳!」 


 お約束の台詞を吐いて明華はひときわ派手に爆発した。そして気づいたときには立ち上がっていたカウラはそのまま誠前まで歩いてきていた。


 誠の体が光り、全身タイツの変態ユニフォームから散歩をしていたときの私服に戻る。


「誠一さん……」 


 カウラはそう言うとそのまま誠の手を握る。


「すまない」 


 誠の言葉にカウラは首を振った。そして次の瞬間にはカウラは誠の胸の中で泣き崩れていた。


「母さん……お母さん……」 


 肩を震わせて腕の中で泣いているカウラの緑色のポニーテールを撫でる誠。だがシーンはすぐに別のところに切り替わる。


 シャムと小夏は爆発したメイリーン将軍のいた場所を調べていた。


「これ……」 


 そう言って小夏が取り上げたのは一輪の真っ赤な薔薇の付いた小枝だった。


『おい!なんであの爆発で?ちょっとおかしくない?上級者過ぎるだろ!』 


 誠は引きつりそうになる頬を震わせてカウラを抱きしめている。だが、一抹の不安を感じて振り向くとブーツが目の前にあった。


 顔面にめり込んだロングブーツの甲に跳ね飛ばされてカウラを置いたままぶっ飛ばされる誠。蹴り飛ばしたのはレザースーツに身を包んだキャプテンシルバーこと私立探偵西川要子役のかなめだった。


『なんで……こんな……』 


 バーチャルシステムでなければ完全に首が折れていた蹴りに誠は顔と首を押さえながら立ち上がる。


「こいつはすまねえな」 


 そう言ってかなめはにんまりと笑いながら泣き崩れていたカウラをにらみつける。役を忘れてカウラはかなめをにらみ返す。


「お姉さん……これ」 


 そう言って小夏とシャムがカウラに先ほどの薔薇の小枝を渡す。カウラはしっかりと枝を手に取り涙する。


「機械帝国の鬼将軍と呼ばれたメイリーン将軍。あっけない最期だったな。自分の作った魔人に裏切られるとは。まあ魔人なんぞの下級生物を使う奴らしい最後と言えるか……」 


 そう言ったかなめにカウラは平手を食らわす。 


「それだけ?あなたはそれだけなの?お母さんは殺されたのよ!それに下級生物?あなたは所詮機械なのね!人の心なんて分かりもしないくせに……」 


『おいおい、なんでかなめさんが機械帝国とつながってること知ってるんだよ!おかしいだろ?さっきまでシャムさんと小夏が魔法が使えるのも知らなかったのに!』 


 だがそんな突込みをするまでも無くかなめの表情が明らかに本心から出てくる怒りで満たされているのが誠にも分かった。本物のサイボーグであるかなめ。彼女を機械呼ばわりする台詞は初めからあった。カウラはそれを正確に読んだだけだった。それでもかなめの逆鱗に触れたことだけは誠も分かる。そのまま誠は引きつった笑いを浮かべながら二人の合間に立った。


「止めるんだ!二人とも。そんなことをしても春子さんは帰ってこないんだ!」 


『まあこれはお話だけどね。かなめさんもカウラさんも熱くなり過ぎよ』 


 春子は淡々と役を終えて茶々を入れる。


『お母さんは黙って』 


『ハイハイ』 


 急に怒りをみなぎらせていたかなめが噴出した。家村親子のやり取りがつぼに入った、そんな感じだった。さすがにここはアイシャか吉田が止めるだろうと誠は思ったが二人はそのままシーンを続けることを選んだようだった。


「そうね、私にもできることがあれば協力するわ。それよりあなたは誰?」 


 カウラの一言で全員の目が点になる。


『知らないでびんたしたんですか?ちょっと順番間違えてませんか?』 


 まだ止まらないシーンに呆れながら誠はカウラとかなめを見ていた。


「私はこの子達と志を同じくする者。機械帝国を滅ぼすための正義の使者。キャプテンシルバーとは私のことよ!」 


「あっ。ダサ!」 


「おい!小夏!今、何言った?何言った?え?」 


 かなめの叔父の嵯峨譲りのネーミングセンスの無さには定評があるが、こうしてかなめの口から出てくるとさらに違和感が漂っていた。小夏は変身を解かずに鎌を掲げてかなめとの間合いを詰めようとする。それを見たかなめは右手に持っている小さな紐を掲げる。


 銀色の光とともにビキニの水着のようにも見える体と西洋の甲冑を思わせる兜をかぶったキャプテンシルバーの姿に変身するかなめ。手には銀色の鞭が握られている。


「お?やろうってのか?外道!」 


 そう言って小夏も鎌を構える。


「二人とも!喧嘩は駄目だよ!」 


 シャムが慌てて二人の間に立った。小夏は手にした鎌を消して普通の中学生らしいセーラー服に戻る。かなめも鞭を納めて革ジャンにジーンズと言う普段のかなめと同じ格好に戻った。


「じゃあ後で訓練を施してやろう!お前も一緒にな!」 


 そう言ってかなめはすぐに手を胸の前でクロスして魔法を使って消える。誠はただ目の前の出来事を呆然と見つめているだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る