第492話 自主映画

 先ほどまでの祭りの興奮で寒さを忘れていた誠だが、最高の見せ場の流鏑馬も終わって豆まきの準備に入った人々の中に取り残されると寒さは骨に染みてきた。テントを出るとさすがに明石も着替えに向かったようで、森の中で談笑しながら鎧を脱いでいる整備班の中に混じろうと誠は歩き始めた。


 観光客のあふれた石段の隣の閑散とした生垣の中に足を踏み入れると、誠の前にはどう見ても時代を間違えたとしか思えない光景が広がっていた。木に立てかけられた薙刀。転がる胴丸、烏帽子、小手、わらじ。


「おう!来たんか」 


 黒糸縅の大鎧を着込んでいた明石が技術部の隊員に手を借りながら鎧を脱いでいるところだった。


「まるで源平合戦でもするみたいやな」 


 そう言って笑う明石。裏表の無い彼らしいドラ声が森に響く。


「沼沢!エンゲ!こっち来い!」 


 すでに着替え終えている島田が部下の名前を呼ぶ。ワイシャツを着込もうとしていた沼沢と、髪を整えていたエンゲが慌てて上官の下へと向かう。


「そう言えば吉田のアホは市民会館の方なのか?」 


 ようやく鎧を外して小手に手を移しながら明石が尋ねてくる。


「ああ、あの人は祭りが嫌いだとか言ってましたから」 


 吉田俊平少佐。映像音響関係の仕事もしていたことがある変り種の元傭兵は次のイベントの準備のために市民会館に詰めているはずだった。誠はうなづいている明石を見ながら脱いだ烏帽子と胴丸を地面に置いた。しばらく部下達の手で鎧をはずされた明石は自分で次々と鎧を脱いでいく誠に感心したような表情で視線を送る。


「あいつが祭りが嫌い?暇さえあれば都内で『レイブ』とかでDJやってる奴やで。嘘なんちゃうか。どうせあのアホのことじゃ。あの作品の最終チェックで隊長が駄目出ししたシーンをいじったりしとるんやろ?」 


 そう言いながら小手を外した明石は、部下を制止して自分で脛当てを外しにかかった。


「でも、あれで本当に良かったんですか?」 


 誠は恐る恐る明石に尋ねた。明石は明らかに『ワシに聞くな』というような表情で目を逸らす。


「おう!自分ひとりでやってる割には早えじゃねえか!」 


 その声を聞いて振り返った誠の視界にはかなめとアイシャ、カウラが制服に着替えて立っていた。


「変態!」 


「痴女よ!痴女!」 


「スケベ!」 


 半裸の整備班員が要達に向かって叫ぶ。明石と誠はあきらめたというような顔で隊員の顔を眺めていた。


「急いで着替えろよ!上映会まであと2時間無いんだからな」 


 そう言って気持ちの悪い罵声を浴びせる整備員達を無視して、かなめは近くの石に腰を下ろして着替えている誠を見つめる。


「あのー」 


 誠は脛当てを外す手を止めてかなめに目を向けた。


「なんだ?」 


「少し恥ずかしいんですけど……」 


 そう言って誠は視線を落とす。すぐさまその頭はアイシャの腕に締められた。


「何言ってるのよ、誠ちゃん。同じ屋根の下暮らしている仲じゃないの!」 


 アイシャはぎりぎりと誠にヘッドロックをかます。隣でカウラは米神に手をあててその様子を眺めていた。


「ちょっと!着替えますから止めてくださいよ!」 


 そう叫んだが、誠はアイシャよりも周りの整備員の様子が気になっていた。そこからは明らかに殺気を含んだ視線が注がれている。ようやく鎧を脱ぎ終えた明石も、その視線をどうにかしろと言うように眼を飛ばしてくる。誠の眼を使っての哀願を聞き入れるようにしてアイシャが手を離す。誠は素早くワイシャツのボタンをかけ始めた。しかし、周りからの恫喝するような視線に手が震えていた。


「大丈夫か?神前」 


 小隊長らしく気を使うカウラだったが、その声が逆に周りの整備員達を刺激した。着替え終わって立ち去ろうとする隊員すらわざと殺気のこもった視線を送る為だけに突っ立っているのがわかる。


「おう!皆さんおそろいで」 


 そう言って現れたのはロナルド、岡部、フェデロのアメリカ海軍組。一緒にいるのはレベッカと薫だった。


「やっぱり神前はもてるなあ、うらやましいよ」 


 そう言いながら兜の紐に悪戦苦闘するフェデロ。岡部は慣れた手つきで大鎧を解体していく。


「それにしてもシンプソン中尉。君も鎧を着てみればよかったのに」 


 そう言いながら岡部は脱いだ兜を足元に置く。


「レベッカはスタイルがのう……。クラウゼみたいに当世具足なら着れるんちゃうか?」 


 明石は今日は休暇と言うことで紫色のワイシャツに黒いネクタイと言ういかにも極道風な格好へと着替えていく。 


「そういえばアタシも胸がきつくてねえ。良いなあカウラは体の凹凸が少なくて……」 


 そう言ったかなめだが、いつもなら皮肉を飛ばすカウラが黙っているところで彼女は気づくべきだった。


「おー、言うじゃねーか。それにはアタシも当てはまるんだな?」 


 恐る恐るかなめが視線を下げるとそこにはどう見ても8歳くらいに見える制服姿のランが立っている。その手にいつもどおり竹刀が握られていた。


「いえ、姐御。そう言う意味では……」 


「じゃあどういう意味なのか言ってみろよ!」 


 ランの竹刀がかなめの足元を叩く。誠はうまいことそのタイミングを利用してすばやく上着を着込み、帽子をかぶった。


「じゃあ、クバルカ中佐。私達は先行ってますからその生意気な部下をボコっておいてください」 


 敬礼をしたアイシャが誠とカウラを引っ張って境内に歩き始める。そのかなめの色気のあるタレ目が誠に助けを求めているような様子もあったが、満面に笑みを浮かべたアイシャは彼の手を引いてそのまま豆まきの会場に向かう観光客の群れに飛び込んだ。


「それにしても混みますねえ。なんか東都浅草寺より人手が多そうですよ」 


 アイシャの手が緩んだところで自分を落ち着かせるためにネクタイを直そうとしてやめた。恐怖すら感じる数の人の波を逆流するためにはそんなことは後回しだった。そのまま三人は押し負けてそのまま道の端に追いやられて八幡宮の階段を下りていく。人ごみを抜けたと言う安堵感でアイシャとカウラは安堵したような笑みを誠に投げかける。


 そのまま群集から見放されたような階段が途切れ、コンクリート製の大きな鳥居が見える広場に出た。


「隊長の流鏑馬は去年も好評だったからな……去年よりかなり客は増えたようだな」 


 そう言ってようやく人ごみを抜け出して安心したというようにカウラは笑った。


「しかし、今度の『あれ』。良かったんですか」 


 上着の襟が裏返しになっていたのに気づいた誠がそれを直しながらそう言った。誠の『あれ』と言う言葉に自然とカウラの笑いが引きつったものになり、そのままアイシャに視線が向いていた。


 カウラの視線で『あれ』が何かを悟ったアイシャの顔が明らかに不機嫌そうになったので、誠は自分の言葉が足りなかったことを悟った。


「いえ!自主制作映画と言う発想は良いんですよ……でも……あの主役がナンバルゲニア中尉なのが……」 


 アイシャの顔がさらに威圧的な表情へと変わる、それを見て言葉をどう引っ張り出そうかと誠の頭は高速で回転し始めた。

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