第480話 晴れ舞台

「ああ、そうだ。カウラ。顔貸せ」 


 一瞬の沈黙をついてようやくいつもの調子に戻ったかなめが、アタッシュケースを手にカウラを呼び寄せる。


「何のつもりだ?」 


 近づいてきて肩に手を伸ばしたかなめにカウラは迷惑そうな顔を向けた。新品とわかるつやのある表面の銀色のアタッシュケース。誠はかなめならば入っているものは小型のサブマシンガンなどだと思って苦い顔をした。


 しかしかなめはそんな迷惑そうな誠の視線など無視して立ち上がりかけたカウラの手を引く。


「ああ、薫さん。しばらくこいつを借りますから。それとアイシャ。鏡を見て来い」 


 そう言うとかなめはそのまま三人が泊まっている客間へとカウラを連れて行った。きっとガンショーか何かで見つけた最新式の銃器の発注をどうするかと言ったところを、小火器担当の整備士官であるキム・ジュンヒ少尉あたりと連絡を取って話し合う。そんなことを誠は想像していた。


「西園寺さん……また銃関係の話でもするんですかね」 


 誠は落ち着いて再びコタツに座りなおすと、食べかけのみかんに取り掛かった。再びだらけたモードに落ち着いたアイシャもみかんに取り掛かっている。


「あれでしょ?お互いの肉体で愛を確かめ合うんじゃないの?」 


「なに言ってるんですか……」 


 アイシャらしい百合な発想に呆れ果てながら、誠はみかんを口に放り込んだ。薫もテレビのラグビーの試合に飽きたようでそのまま台所へと帰っていった。


「本当に鈍いのね」 


 アイシャは誠にだけ聞こえるようにひそかにつぶやく。誠にはしばらくその意味がわからず首をひねりながらアイシャを見つめていた。


「わからないの?」 


「何がですか?」 


 誠の解答が相当不満だったようで、アイシャは大きくため息をつくとみかんの袋を口に運んだ。


「アイシャさん、誠。机を運ぶの手伝ってほしいんだけど」 


「行くわよ、誠ちゃん」 


 薫の言葉にアイシャは気分を切り替えたと言うように立ち上がる。誠も先ほどのアイシャの発言に納得がいかないまま後ろ髪を引かれるようにコタツの中から足を引き抜いた。


 コタツを廊下に運び、台所のテーブルと椅子を居間に運ぶ。そこで景気よく呼び鈴が鳴る。


「誠!お願い!」


 母に言われて誠が玄関に走る。


「ピザロマーナです!シーフードとチキンのL、お持ちしました!」


 大学生くらいの配達員がそう言ってピザの入った薄い箱を誠に差し出す。


「はい……カードで……」


 ピザの配達は予想していたので誠はズボンのポケットに入れていたカードを差し出す。


「ありがとうございます!」


 立ち去る配達員を見ながら誠はピザの入った箱を手に茶の間に戻った。冬の夕方の日差しは黄色く、部屋の中に充満した。


「母さん!ピザはどうするの!」


「刺身用の大皿があるでしょ!戸棚の一番上!それにお願い!」


 母の言葉を聞いて誠がピザを載せるタイの姿づくりが一匹乗る刺身用の大きな皿をお勝手の戸棚から取り出すと箱から出したピザを移す。


 またそこで呼び鈴が鳴った。


「誠ちゃんはそのままで!」


 今度はアイシャが玄関に走る。


『バースデーケーキ……宅配で頼んでたんだ、アイシャさん』


 誠はそう思いながらピザを載せた皿を茶の間のテーブルの上に置いた。


「プレートはカウラちゃんに食べてもらいましょう」 


 わざわざアイシャがそう言った。実は辛党で通っているかなめが、チョコレートだけは別腹だということは誠も知っていた。それを薫に伝えたかったのだろうと思うと誠は苦笑いを浮かべた。台所からはシンのレシピによるタンドリーチキンの焼ける香りが漂う。だが、そんな下準備が済んだというのに客間のかなめとカウラは出てくる様子が無かった。


「アイシャさん……」 


 テーブルにケーキを設置する。さらに昨日いつの間にかかなめが運び込んだ数本の地球産のワインのボトルを誠は並べた。それを眺めているアイシャに誠が声をかけた。


「ああ、あの二人ね。それはそれは深い愛に目覚めちゃって……」 


「冗談は良いんですよ。もうすぐ始められるじゃないですか。呼んできたほうが良いんじゃないですか?」 


 誠の言葉にアイシャは一瞬目が点になる。そしてまじまじと誠を見つめてくる。


「誠ちゃん。本気で言ってるの?」 


「あの二人がアイシャさんの望む展開になっているとは思えないんですけど」 


 こちらも負けてたまるかと、誠もじっとアイシャを見つめる。


「何、二人で馬鹿なことやってんだよ」 


 客間に向かう廊下からかなめが顔を出した。いつものように黒いタンクトップにジーンズ。先ほど出て行ったときと変わった様子は無い。


「カウラちゃんは?」 


 アイシャは明らかにかなめ達が何をしていたのか知っていたようにかなめに尋ねる。


「あいつの説得には骨が折れたぜ。こいつに二回も恥ずかしい格好を見せたくないとか抜かしやがって……」 


「二回?恥ずかしい?」 


 愚痴をこぼしてそのまま椅子に座って足を組むかなめを見ながら誠はつぶやいていた。その言葉がいまいち理解できず、呆然とかなめを見つめる。


「お肉焼けたわよ!手伝って!」 


 薫の声で三人は立ち上がる。そわそわしながら台所に行くと、そこにはそれぞれの皿に大盛りのタンドリーチキンが並んでいた。


「凄いですね」 


 満面の笑みでアイシャが皿を両手に持った。誠は先ほどのかなめの言葉が気になったが追及するわけにも行かずに母から預けられた皿をテーブルに運ぶ。


 そして肉まで運ばれてくると居間の雰囲気はすっかり素朴な感じのパーティーのそれに変わっていた。


「もういいかな?」 


 そう言うとかなめが再び客間に消える。


「スパーリングワイン係!」 


 アイシャは手にしていたスパークリングワインを誠に渡す。あまりにも満足げな彼女の笑みにほだされてつい、誠はワインの栓の周りの銀紙を外す作業をはじめた。


「どう?誠ちゃん」 


「そんなすぐは無理ですよ」 


 恐る恐るスパークリングワインのコルクを緩めはじめた誠をアイシャが急かせる。


「おい、アイシャ。いいか?」 


 廊下で後ろに何かを抑えているようなかなめの顔が飛び出していた。だがアイシャはかなめの言うことなど聞かずおっかなびっくり栓をひねっている誠を見つめている。


「いいわよ……って要領悪いわね」 


 そう言うと明らかにびびりながら栓を抜こうとしている誠からアイシャはスパークリングワインを奪い取る。彼女はそのまま勢い良く栓をひっぱる。


 ぽんと栓が突然はじけた。栓はそのまま天井に当たって力なく床に転がった。


「ったく何やってんだよ……来いよ」 


 アイシャがワインを撒き散らす寸前でどうにか落ち着いたのを見計らうと、かなめが後ろの誰かに声をかけた。


「すまない……なんだか……似合わなくて」 


 戸惑いながら響くカウラの声。誠がそちらに目をやると緑の髪の淑女がそこに立っていた。アイシャ、薫、そして誠の視線がもじもじしながら立っているカウラに向けられていた。


「綺麗……」 


 アイシャがそう言うまでも無く誠も心のそこからカウラの美しさに惹かれていた。額と胸、そして腕には先日かなめが選んだルビーとエメラルドの装飾が飾られている。着ているドレスは先日店で見たものとは違う薄い緑色の楚々とした雰囲気のドレスだった。


「凄いわね」 


 薫もうっとりとカウラの姿を見つめている。いつもは活動的なポニーテールになっている後ろ髪が流れるようにドレスの開いた背中に広がっている。


「まあ、こんくらいじゃないとアタシの上司って言うことで紹介するわけにはいかねえからな」 


 得意げなかなめのラフな黒いタンクトップとジーパン姿が極めて浮いて見える。


「かなめちゃん。どきなさい」 


「んだ?アイシャ。今日の主役はこいつ。アタシの格好がどうだろうが関係ねえだろ?」 


「だから言ってんの。視界に入らないで。目が穢れるから」 


「なんだって?」 


 かなめがこぶしを作るのを見るとカウラはドレスが見せる効果か、ゆったりとした動きで握り締めたかなめの右手を抑えて見せた。


「止めろ、西園寺。貴様はそうやって……」 


 いつもの調子で言葉をつむぐカウラかなめは突然顎をしゃくって大仰に構えた。。


「そのような無骨な言葉を使うことは感心しませんわよ。もう少し穏やかな言葉を使ってくださいな」 


 かなめは作ったように上品に笑ってアイシャの隣のを引いて静かに座る。


「かなめちゃん。ちょっといい?」 


「どうぞ、おっしゃって頂戴」 


「キモイ」 


 確かにあまりにも普段の暴力娘的な格好で上品な口調をするかなめには違和感があるのを誠も感じていた。


「てめえ、一回死ね!」 


 かなめはいつもの調子でそうつぶやくと再び穏やかな表情に戻った。

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