ありふれた事件

第463話 街

 師走の町。どこでもそうだがこの東都浅草寺界隈も特に赤い色が街を包んでいた。


 東都のクリスマスは乾いた冬の寒空の下にあった。その下町の商店街を歩いてみれば、どこか忙しげに歩く人にせかされるように歩みが速くなるのを誠は感じていた。


 そればかりではなく誠には周りの男性陣からの痛い視線が突き立っていた。


 豊川ではいつものことだが、かなめとアイシャが妙な緊張関係を保ちながら歩いている。二人とも黙っているのは地元で何度か恥ずかしい目にあったからと言うのがその理由だった。


 お互いに冷やかしあっているうちに、周りを忘れて怒鳴りあいになって、人だかりに取り残される。そう言う失敗を繰り返して少しばかり学習していた二人。そしてそうなると、いつの間にか野次馬の中にカウラに手を引かれた誠がいたりするのだから、二人とも黙って一定の距離を保って歩くのはいつものことだった。


 東都浅草寺の門前町で客の数が豊川駅前商店街の比ではないアーケード街で恥をかく必要も無い。誠はそんな二人をちらちらと横に見ながら先頭をうれしそうに歩く母に付き従った。


「よう!誠君じゃないか!」 


 そう声をかけてきた八百屋のおやじだった。誠は頭を掻きながら立ち止まる。名前は忘れたが高校時代の野球部の先輩の実家だったことが思い出される。


「薫さんも今日もおきれいで」 


「本当にお上手なんだから!」 


 薫はニコニコしながら八百屋の前で立ち止まる。


「この人達、美人でしょ?なんでも誠の上司の方たちなんですって。凄いわよねえ」 


 確かにエメラルドグリーンのポニーテールのカウラと紺色の長い髪をなびかせているアイシャは明らかに人目を引く姿だった。確かに二人に比べれば黒いおかっぱ頭のようなかなめは目立たなかったが、その上品そうなタレ目の色気に通行人の何割かが振り返るような有様だった。


「えーと、誠君は陸軍だっけ?海軍だっけ?」 


「同盟司法局です」 


 たずねられたので誠はつい答えてしまった。そのとたんにおやじの顔が渋い面に変わった。


「ああ、この前官庁街で銃撃戦やった……」 


 予想はしていた答えである。任務上、出動は常に被害を最小限に抑える為の行動ばかりである司法実力機関の宿命とはいえ、同情するようなおやじの視線には誠も少し参っていた。そんな男達を無視するように母は店頭に並ぶ品物を眺めている。


「白菜……ちょっと高いんじゃないの?」 


 そう言いながら薫はみずみずしい色をたたえている白菜を手に取る。思わず苦笑いをしながらおやじは講釈を始めた。


「薫さん今年はどこも雨不足でねえ……量が少ないんですよ。でも太陽は一杯ですから。味のほうは保障しますよ」 


 薫は手にした白菜を誠の隣で珍しそうに店内を眺めていたカウラに手渡した。寮ではほとんど料理を任されることの無いカウラはおっかなびっくり白菜を受け取ってじっと眺める。


「ああ、お姉さんの髪は染めたんじゃないんだねえ……素敵な色で」 


「ああ、ありがとう」 


 人造人間と出会うことなどほとんど無い東和の市民らしく、見慣れない緑色の髪の女性に戸惑うおやじ。それを見ると対抗するように後ろから出てきたアイシャがカウラから白菜を奪い取る。


「おじさん。これいくらかしら?」 


 そう言うアイシャのわき腹を肘で突いたかなめが白菜の置かれていた山の前にある値札を指差す。一瞬はっとするものの、アイシャは開き直ったように得意の流し目でおやじを見つめる。


「お姉さんもきれいな髪の色で……青?」 


 ピクリとアイシャの米神が動くのを誠は見逃さなかった。


「紺色、濃紺。綺麗でしょ?」 


「色目使ってまけさせようってか?品がねえなあ」 


 そう言ってかなめが笑う。だがまるで無視するように、カウラと同じくほとんど野菜などに手を触れたことがないと言うのに切り口などを丹念に見つめているアイシャがそこにいた。


「まあねえ、まけたいのは山々だけど……」 


 おやじがためらっているのは店の奥のおかみさんの視線が気になるからだろう。あきらめたアイシャは手にした白菜を薫に返した。


「じゃあ、にんじんとジャガイモ。皆さんどちらも大丈夫?」 


「好き嫌いは無いのがとりえですから」 


 カウラの言葉にアイシャが大きくうなづく。だが、かなめの表情は冴えない。


「ああ、かなめさんはにんじん嫌いだっけ?」 


「ピーマンだ!にんじんなら食える」 


「ならいいじゃないの」 


 いつものようにアイシャにからかわれてかなめはむくれる。そんな二人のやり取りを見て笑いながらおやじはジャガイモとにんじんを袋につめる。


「じゃあ、おまけでこれ。いつもお世話になってるんで」 


 奥から出てきたおかみさんが瓶をおやじに手渡す。仕方がないというようにおやじは袋にそれを入れた。


「今年漬けたラッキョウがようやくおいしくなって。うちじゃあ二人で食べるには多すぎるから」 


 誠はこうして比べてみるといつも自分の母が異常に若いことに気がつかされる。いつもすっぴんで化粧をすることが珍しい薫だが、ファンデーションを塗りたくったおかみさんよりもかなり整った肌をしていることがすぐにわかる。


「良いんですか?いつも、ありがとうございます」 


 薫がそう言って笑うのに微笑むおやじをおかみさんが小突いた。たぶんおやじも誠と同じことを考えていたのだろう。それを思うと誠はつい噴出してしまいたくなる。


「毎度あり!」 


 あきらめたようにそう叫んだおやじに微笑を残して薫は八百屋を後にする。


「でも……お母さん、何を作るのですか?」 


「薫さんはオメエのお袋じゃねえだろ?」 


「良いじゃないの!」 


 揉めるアイシャとかなめに薫は立ち止まって振り返る。彼女は笑顔でまず手にしたにんじんの袋をアイシャに手渡す。


「まずこれはスティック状に切って野菜スティックにするの。昨日、お隣さんからセロリと大根もらってるからそれも同じ形に切ってもろ味を付けて食べるのよ」 


 その言葉に思わずかなめが口に手を当てた。誠ははっと気がついてうれしそうな母親とかなめを見比べる。かなめの額には義体の代謝機能が発動して脂汗がにじんでいた。


「そうか、西園寺はセロリも苦手だったな」 


 かなめの反応を楽しむようにカウラが笑顔で薫に説明した。


 その様子をかなめは不機嫌そうに見ていた。だが次の瞬間に誠達の腕につけていた携帯端末が着信を告げた。

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