アイディア
第450話 夕べに
「どうも!いらっしゃい」
風呂から上がったかなめが突然背中から声をかけられて驚く。テレビを見ていたカウラがそれを見て笑っている。闖入者は誠の父、神前誠一。珍しく定時に帰ってきた工業高校の剣道部の顧問である父に誠はテレビから目を離してそのいかつい姿を見上げる。
「なんだかこんなに女の子がいると……華やかだな」
「そう言うのは本人達を目の前にして言わないほうがいいよ」
誠の言葉よりも早くアイシャが反応していた。そのまま何事も無いようにかなめのところまで行くといつものかなめの黒いシャツの前の部分を引っ張って中を覗きこむ。
「はい、ノーブラ」
そう言った所でかなめの平手がアイシャに飛んだ。
「お前等……」
またテレビから目を離してカウラは呆れたような表情を浮かべる。
突然の出来事。誠には慣れていることだがさすがに父には理解できないらしい。そのまま首をひねり黙って階段を上っていく。
「貴様等なじみすぎだぞ」
「カウラちゃんがよそよそしいのよ。ねえ、かなめちゃん!」
「うるせえ!」
かなめはそう言うと三人が泊まる予定の客間に向かう廊下を歩いていく。
「無愛想ね」
「それ以前の問題だ」
一言そう言ってカウラはテレビの野球中継を眺めている。自分にかまってくれないのが不服なのか、アイシャはしばらく誠を見て手を打つ。そしてじりじりと間合いをつめてくるアイシャに誠は嫌な予感しかしなかった。
「じゃあ誠ちゃん、一緒にお風呂に入らない?」
「え?」
誠はしばらくアイシャの言葉の意味がわからずにいた。そしてじりじり近づいてくるアイシャだが、すぐにその後頭部にスリッパが投げつけられた。
「くだらねえ事はやめろ!」
投げたのはかなめだった。アイシャは振り向きながら表情を変える。そのいかにもうれしそうな顔にかなめは驚いたように一歩下がる。
「へえ……そう言っておいて実はかなめちゃんが一緒に入ろうとか?二度風呂?のぼせるわよ」
「そんなこと無い!馬鹿も休み休み言え!」
そうしてかなめはアイシャに背を向けて客間に向かう。そこに台所にいた薫が顔を出した。
「誠!ちょっと揚げ物やるから手伝ってよ」
「あ、私もやりますよ」
誠を制するように言ったアイシャだが、薫は優しく首を横に振った。
「お客さんですものねえ」
その表情にはアイシャがたぶん役に立たないだろうと悟ったようなところがあった。アイシャはしょんぼりとそのままカウラの隣に座る。
「今日はてんぷらですから」
そう二人に言うと誠は張り切って台所へと向かった。
「今日はアナゴと海老。それにお芋があるわね……衣をつけるから揚げてね」
母の言葉を聞きながら誠は衣にまぶされた芋を暖められた油に投じる。
「揚げものって良いわよねなんだか。寮は揚げ物禁止令が出てるから」
いつの間にか背中に引っ付いていたアイシャに驚いて振り向いた弾みに油の入った鍋を覗きに来たかなめに油が飛んだ。
「痛え!」
すぐかなめがアイシャをにらみつける。二人がにらみ合うのを薫は笑顔で眺める。
「まあ、二人とも。お客さんだから静かにしてね」
さすがに余裕の笑みでごぼうとにんじんの入ったボールをかき混ぜている薫にそう言われると仕方なく二人はカウラがじっとテレビを見ている居間に向かった。
「二人とも料理はできないんでしょ?」
「はあ……そうだね」
小声で聞いてきた母に誠は苦笑いでそう言った。
「母さん、新聞は?」
降りてきた誠一が叫ぶ。すぐに居間のカウラが立ち上がり誠一に新聞を手渡そうとした。
「いや、読んでいるならいいですよ。終わったら教えてください」
いつもの父とは違う照れたような調子を聞きながら誠はこんがりと揚がった芋を油から上げていく。
「お父さん、大根をおろすのお願いできない?」
「ああ、任せておけ」
着流し姿の誠一はそのままテーブルに置かれた大根の切れ端をおろし始める。
「私も……」
「クラウゼさんいいですよ。誠!揚がったのはあるだろ?先に食べてもらっていたらどうだ?」
そう誠一に言われてすぐに立ち上がったのはかなめだった。無言で食卓に置かれた椅子を手に取るとすとんと座ってしまう。
「手伝うとかそういう発想は無いの?汁作りますよ」
アイシャはそう言うとなぜか手馴れた調子で冷蔵庫を開いて麺汁とミネラルウォーターを取り出す。
「なんでそんなにあっさり見つけるんだ?」
「かなめちゃんと違って色々見ているわけ。さっき水を飲みに来た時見たんだから」
そう言うとアイシャはガラスの容器に麺汁とミネラルウォーターを注ぐ。
「ごめんなさいね。誠!次はこれをお願い」
薫はそう言うと粘り気のある衣にまみれたごぼうとにんじんのかき揚げを手渡した。
「じゃあレンジしますね」
アイシャは大根をすっている誠一に一声かけると汁を温め始めた。
「なんだか……これが家族なのか?」
うれしいようなどこか入っていけないような複雑な表情のカウラが居間から台所を覗き込んでいる。かなめはもうテーブルに置かれていた芋を手に取るとそのまま塩をかけて食べ始めていた。
「かなめちゃん。ビールを取ってくるとかすることあるんじゃないの?」
「分かったよ」
渋々かなめが立ち上がる。それを見てカウラも戸棚に向かって行って皿やグラスをテーブルに並べ始めた。
「ごめんなさいベルガーさん。ご飯が炊けたと思うから盛ってくれない?」
薫の言葉にカウラは珍しく仕事を頼まれたと目を輝かせる。そのまま茶碗を手に取るとすぐに炊飯器に向かっていった。
「どう?」
かき揚げが揚がったのを皿においていく息子に薫が声をかける。
「これで終わり。次はアナゴですね」
「汁は温まりました!お父様、大根はいかがでしょうか?」
「え?……もうすぐだけど」
突然アイシャにお父様と呼ばれて困惑しながら誠一はすり終えた大根をアイシャに渡した。
「汁の濃さは自分で調節してね」
そう言うとアイシャはテーブルに汁を置く。かなめはすぐに飛びついてそれを自分の皿に注ぐ。
「食べるだけなのね、かなめちゃんは」
「余計なお世話だ」
そう言いながらかなめはアイシャをにらみ続ける。誠は目の前のアナゴの色がついてくるのを見ながらそれを皿に盛り始めた。
「薫さん。ご飯……普通でいいですか?」
「ええ、皆さん結構食べるみたいですから」
不器用にご飯を茶碗に盛るカウラを見ながら薫はにこやかにそう答えた。
「アナゴできましたよ」
皿に盛ったアナゴを見るとすでに食べる体勢に入ったアイシャが満面の笑みで迎え入れる。まるで彼女達も家族になったような感じ、誠はそう思いながら部屋を見回していた。
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