第410話 帰ってきた日常
『やったじゃねーか』
化け物が地下から出た際に崩れた瓦礫を浴びたのか、コンクリートの粉塵を浴びて白く顔が染まっているランの姿がモニターに映し出された。
『ランちゃん……お化粧したの?』
『お前!馬鹿だろ?シャム。これのどこが化粧だって……』
『俊平!またランちゃんが馬鹿って言った!』
『事実だから仕方が無いだろ?なあ、キム』
『なんで俺に振るんですか!』
いつもの隊舎でのどたばたが展開される画像を見て、ようやく目の前の生体プラントに釘付けにされていた非日常からいつもの日常を取り戻したと言うように誠は大きく息をした。
『お疲れ!とりあえず現状をそのままにして神前、降りろや』
かなめの画像が変わっていて彼女が走っているらしいことがわかる。それを見ていたのか、誠の機体を見上げていたカウラの顔に笑顔が戻った。
『この05式の破損も証拠物件だ。後は東都警察の仕事。私達はこのまま帰等するぞ』
誠はカウラの言葉を聞くとコックピットを開く。生臭いにおいが漂う中、誠はワイアーを降ろしてそのまま地面にたどり着く。そこには笑顔のカウラの姿があった。
「終わったな」
煌々と官庁街を照らし出す東和警察機動隊の投光車両。周りには盾を構えた機動隊員が目の前の肉塊の時々びくりと跳ねる鮮血に警戒しながら包囲を始めていた。光の中、カウラのエメラルドグリーンの後ろ髪が北風になびくのを見て誠の心が締め付けられる気分になった。
「神前……」
誠に伸ばそうとしたカウラの手が何者かに掴まれた。
「なんだ!またつり橋効果ごっこでもやる気か!」
そこにはいつものタレ目を吊り上げてカウラをにらみつけるかなめの姿があった。
「何を言い出すんだ!西園寺。私は諦めずに任務を遂行した部下をだなあ……」
かなめに向けて赤面して叫ぶカウラの声が鳴り響く甲高いクラクションでかき消された。機動隊が慌てたように振り返って左右に逃げる。突入して来たのは嵯峨のスバル360だった。
そのドアが乱暴に開いて闇の中に長い紺色の髪の女性が現れる。
「なんだ終わっちゃったの?」
落胆してかなめの肩を掴んだのはアイシャだった。それを見てようやく落ち着いたカウラが目の前の肉塊の残骸とそれにようやくたどり着いて鑑識を呼んでいる機動隊員達を指差した。そしてかなめはずんずんとアイシャに歩み寄っていく。
「オメエ、それ叔父貴の車じゃねえか……ははーあん。あれだな、陸軍あたりで情報統制の苦手な幹部がここぞとばかりに説教されてるんだろうな。叔父貴の奴の犠牲者が出たわけだ。大変だねえ」
かなめの言葉にアイシャは乾いた笑いを浮かべる。機動隊が一斉に残骸に向けて走り出し、計測器具を抱えた捜査員達が誠の機体に取り付いて調査を開始していた。
「でもよう。あんまりにもひどい結末だって思わねえか?おそらく人身売買の被害者の生存者はいない。しかも研究をしたスタッフも被害者に引け目なんて感じちゃいねえんだ。ほとんどの面子が刑期を終えても自分がやったことが悪いことだなんて言わねえだろよ」
そう言いながらかなめはぬるぬると粘液を引きずりながら調査を続ける鑑識達を見ながらタバコに火をつけた。冬の北からの強い風に煙は漂うことなく流されていく。
「かもしれねーな」
ランはそう言ってかなめの吐く煙に目をやった。埃が舞い、誠はそれをもろに浴びてくしゃみを連発した。ランはそんな誠を一瞥するとばたばたと身体に巻いていた銃のマガジンや手榴弾のポケットがやたらと付いたベストを外してはたく。その後ろからはまるで亡霊のように表情もなく付き従ってきた茜や島田の姿も見える。
「濁官の害、正官のそれに如かず。悪党や薄汚れた金を集めて喜ぶ連中は御しやすい。むしろ恐れるべき、憎むべきは自分を正義と信じて他者を受け入れない連中だ……と昔の人は言ったそうだが。至言だよなー」
そう言ってランはベストを投げ捨てた。茜達もようやく安心したように装備を外してどっかと地面に腰を下ろした。
「ちっこい姐御。さすがにインテリですねえ」
「褒めても何もでねーよ……と言うかそれ褒めてるのか?」
ランににらまれてかなめは目をそらしてタバコをくわえる。誠の口にも自然といつものような笑みが戻るのが分かった。そして同時に誠の首に何モノかがぶち当たりそのままつんのめった誠はカウラの胸の中に飛び込んでいた。突然の出来事にカウラもかなめもアイシャもただ呆然と首をさする誠を見つめていた。
「お疲れ!」
それは誠に延髄切りを放ったシャムの右足のなせる業だった。吉田は無反動砲の筒を手にして呆れている。キムは出来るだけ騒動と関わらないようにと後ずさる。
「お疲れじゃねえ!せっかくがんばった後輩を蹴飛ばして何がしたいんだテメエは!」
「苦しいよ!かなめちゃん!降ろして!」
勤務服姿のシャムの襟首をかなめが掴み上げる。シャムはじたばたと足を振る。携帯端末を手にアイシャはその光景を撮影していた。
「あのさあ……誠……」
頭を覆う暖かい感触で誠は我に返る。それがほのかな膨らみのあるカウラの胸だとわかり、誠は彼女から離れて直立して敬礼する。
「失礼しました!」
「ふふふ」
その様子がこっけいに見えたらしくカウラは笑顔を見せる。誠は空を見上げた。そこには丸い月が浮かんでいた。
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