第398話 遭遇
その瞬間だった。強烈なプレッシャーに襲われた誠はそのまま意識が引いていくのを精神力で無理やり押さえつけて立ち尽くした。
『なんだ?』
脳に直接届くような波動。誠は深呼吸をした後、静かにその長身を生かして入り口に一人の男が立っていることを確認した。そしてその顔が誠の脳裏に刻み付けられた男のそれであることがすぐに分かった。
『北川公平……』
忘れもしない。夏の海への旅行の際に誠を襲った法術師。干渉空間展開を得意としたその戦い方は誠の比ではない実力を誇る法術犯罪者。
『なんであの男が?』
何も知らないというように北川は店内を見回していた。この男に襲われてから誠は法術の展開をするのに隠密性を重視した方法とるようにシャムやランから伝授されていた。実際、ちらちらと誠の顔は北川から見えているはずだが北川はまるで知らないとでもいうようにかごを手に雑誌の置かれたコーナーへ向かう。
感応通信で北川の存在をかなめ達に知らせようとして誠はためらう。
北川の能力、それがどの程度なのかは誠も知らなかった。事実、茜の法術特捜の保存データに彼の名前は存在しなかった。その顔が誠に知れたのは北川はかつて反政府学生活動家として活動しており、その逮捕歴が東都警察に残っていたと言う偶然があったからだ。
誠はそのまま入り口に向かい、買い物籠を手にしながら北川を監視していた。誠の存在など知らないとでもいうように北川は漫画雑誌を手にとって読み続けている。そのまま誠は調理パンの置かれた棚に移動しながらちらちらと北川の監視を続けた。
誰かに見られているということを悟った北川が振り向くのを見て誠はそのまま頭を引っ込めて棚に体を隠した。運良く北川は誠を察知できなかったようで再び雑誌に視線を落とした。
誠はそのままかなめ用に焼きそばパンとコロッケパン、そして蒸しパンを手に取り、自分用にとんかつ弁当を手に取るとそのままレジへと向かった。
「いらっしゃいませ」
高校生くらいのバイトの店員が誠からかごを受け取って清算を始める。その動きを見ながら誠は手に備え付けの紙皿と呼ぶには深さがある容器を手におでんの容器を見下ろした。
とりあえず煮卵、はんぺん、牛筋、こんにゃく、大根。それを次々と掬い上げ、そのままレジに運ぶ。バイトの店員は慣れた手つきで清算を進める。誠はちらりと振り返り、北川を見た。
まるで何事も無いように北川は雑誌を見ている。
「2350円です!」
バイトの店員の前にカウラから貰った三千円を置いた。すぐにレジに札を磁石で貼り付ける店員。誠はその動作を見ながらちらりと北川に目を向けて早足で店を出る。響く国道を走るトレーラーのエンジン音に押されてそのまま元来た路地に曲がって坂道を進む。赤いカウラのスポーツカーを見つけ、そのままどたどたと駆け寄ると素早く助手席のドアを開いた。
「馬鹿か?オメエは!ばれたらどうするんだ?」
かなめが迷惑そうな声を上げる。その手に焼きそばパンを握らせると、かなめは視線を片桐博士のマンションに固定したまま袋を開ける。
「あんまり感心しないが……おでんか」
そう言うとカウラは誠からパックの中に汁と共に入っているおでんを手に取った。
「何かあったんだろ?」
カウラの言葉に誠は静かにうなづく。
「北川公平を見ました」
その言葉に勢い良くかなめは顔を誠に向けた。明らかに非難するようにいつものタレ目が釣りあがって見える。
「なんで知らせなかった!アイツはオメエの拉致未遂事件の重要参考人だぞ!」
「ですが通信なんて使ったらばれてしまうかも知れませんから」
頼るように誠が目をカウラに向ける。カウラは口の中に大根を運んでいるところだった。
「下手に動かなかったのは正解だろ。それにコンビニくらい行くんじゃないか?刑事事件の関係者でも」
のんびりと大根を味わうカウラを諦めたように一瞥した後、かなめは再び視線を片桐博士のマンションに向けた。
もはや日は沈んでいた。わずかな夕日の残したオレンジの光を今度は家々の明かりが補おうとしているかのように見える。黙って焼きそばパンを口に運びながらかなめは監視を続ける。
「でもいいんですか?北川公平は……」
「良いも何も……片桐女史と関係があるようなら事情を聞くために身柄を押さえるのもいいが、今動けばどちらにも逃げられるだろうからな」
カウラは冷静にそう返す。パンを頬張るかなめの口元にも笑みが浮かんでいる。
「二人が接触するなら話は別だけど。まあこっちの仕事をちゃんと遂行しようじゃねえの」
そう言うとかなめは最後の一口を口にねじ込む。
沈黙の中、国道を走る車の音が遠くに聞こえる。通信端末をいじっていたカウラがそれを閉じてかなめを見た。
「あれ……」
かなめの声にカウラと誠は視線をマンションへ向かう路地に移した。
買い物袋を手にした北川がそこに立っていた。何度か周りを見回した後、玄関のある方向へ歩き始めるのが見える。
「ビンゴか?」
そう言っているかなめの口元が残忍な笑みを浮かべているのが見えた。
かなめはバッグからコードを取り出すと首筋のスロットに差し込む。しばらく沈黙してその後でいらだちながらコードを握り締めた。
「公安の奴等、怪しいとすぐ盗聴器をつける癖に思い過ごしとなると後でマスコミがうるさいからすぐに外しちゃうもんだが……くそ、見切りが早ええんだよ……って残ってたか」
いらだちながらかなめがつぶやく。サイボーグである彼女の得意な電子情報確保を行っているのを見ると再び誠は片桐女史の部屋の明かりを見ていた。
「西園寺……また東都警察のデータベースにハッキングか?それでデータは……」
「焦るなって」
カウラの心配そうな声にかなめは静かに答える。そんな緊迫した状況に合わせるようにそれまで止まっていた冬らしい北風の季節風に揺れる木々を見ながら誠は黙ってとんかつ弁当を諦めた。
「あのクラスのマンションは指名手配犯を見つけたら近くの警察に連絡が入るシステムがあったんだけど、そのシステムが動かないか。北川の野郎の着込んでるのは電子迷彩か?それともシステムにハッキング……金があるんだねえアイツの飼い主は」
監視カメラから警戒システムにデータが転送される間にそのデータを改竄して警戒システムを無力化する最新装備。最新のものの予算計上を先月拒否されたかなめは苦笑いを浮かべていた。
「訪問先はあのオバサンのところ……?じゃないな」
かなめは首をひねる。その言葉に身を乗り出してきたカウラの気配を悟って仕方が無いように振り向いた。
「隣の302号室だ。借主は……後ろ暗いところは無い典型的なサラリーマンだな」
そう言ってかなめは再び視線を戻す。誠も視線を戻すとカーテンに影となった片桐女史の姿が見える。
「どうします?」
誠は緊張に耐え切れずにカウラを見た。あごに手を当て考え事をしているカウラが見えた。
「北川は茜のお姫様ですら軽くいなす腕利きの法術師だぜ。確かにアイツを押さえる目的で踏み込むってことも出来そうだが、本当に無関係ならアタシ等がまだ諦めていないことがばれるわけだ」
そう言うとかなめはカウラを見つめる。
「じゃあ行こう」
カウラはそう言うとドアに手をかける。
「黙っているのはアタシらしくないからな」
そう言ってかなめは誠の座っている助手席を蹴りつける。
仕方が無く誠はドアを開けて路地に降り立った。カウラもかなめも手には拳銃を握り、誠も胸のホルスターからモーゼルパラべラムを抜く。
「装弾していいぞ。間違いなくやりあうことにはなるからな」
そう言ってかなめは走り出した。暴発の可能性があると言うことでキムから発砲直前まで装弾しないように言われていたことを思い出してすぐに誠は銃のトルグを引き上げて銃弾を薬室にこめる。突入経路はこの場所に付いたときに設定してあった。かなめはそのまま右手に仕込んであるワイヤーをマンションの屋上に向けて投げる。カウラはそのまま銃を構えつつ走ってマンションの非常階段を目指す。
『行くぞ!』
誠は気合と共に目の前に力を集中する。訓練のときのように立ち止まった誠の目の前に銀色のかがみのようなモノ、干渉空間が展開される。
「じゃあ行きます!」
そう叫んだ誠はそのまま頭から銀色のかがみのような空間に突っ込んでいった。
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