ニューカマー

第324話 新人

 カウラは菱川重工豊川工場の通用門に車を向ける。車内には運転手のカウラの他に誠、かなめ、アイシャが乗っていた。


「でも本当に神前は大丈夫なのか?検査とか受けたほうがいいんじゃねえの?」 


 黙って下を向いている誠の隣からかなめが顔を近づけてくる。誠も彼女に指摘されるまでも無く倦怠感のようなものを感じながら後部座席で丸まっていた。


「大丈夫ですって!シュペルター中尉も自然発生アストラル波に変化が無いって太鼓判を押してくれましたから。それに昨日まで寝てたのはただの三日酔いですから」 


 車は出勤のピークらしく工場の各現場に向かう車でごった返している。カウラは黙って車を走らせる。


「生協に寄るか?」 


 カウラの言葉にアイシャは首を振った。


「珍しいな、おやつの買い出しとか行かないのか?」


「別にいいわ……なんだか眠くて」


「変な奴」


 かなめの上機嫌に対してアイシャはどこかしらブルーだった。そこが気になるのかかなめが顔を突き出していやらしい笑みを浮かべる。


「なんだよ……何か言わないのか?」


 そう言うとかなめはアイシャの紺色の髪に手を伸ばす。


「いきなり引っ張って!痛いじゃないの!本当にかなめちゃんは子供なのね」 


 突然髪を引っ張られてアイシャはかなめをにらみつける。


「おう、子供で結構!なあ、神前」 


 その異様にハイテンションなかなめに誠は苦笑いを返す。車は警備部が待機しているゲートに差し掛かる。


「ヒーローの到着だぜ!」


 後部座席の窓に張り付いてかなめはVサインをする。それを見つめる警備部の面々はいつも通りのけだるい雰囲気を纏っていた。あのバルキスタンでの勇姿が別人のことのように見えるだらしない姿の彼等に誠はなぜか安心感を感じていた。


「おう、写真はアタシの許可を取ってから撮れよ!それとサインは一人一枚だからな!」 


「西園寺さんはいつ神前のマネージャーになったんですか?」 


 車の中を覗き込んで笑顔を浮かべる彼等にかなめが手を振るとカウラが車を発進させた。


「ずいぶんと機嫌がいいわね」 


 沈んだ声でアイシャが振り向く。かなめは舌を出すとそのままハンガーを遠くに眺めていた。


「まあ西園寺は暴れられたからそれでいいんだろ。貴重な出撃機会だ。もう少し05式の運用データが取れれば良かったんだがな」


 カウラはわけもなく浮かれているかなめを一瞥する。 


「そんなの必要ねえだろ?05式は最高だぜ。特に不足するスペックが出なかったんだから良いじゃねえか」 


 カウラの言葉にもかなめは陽気に返事をする。誠は逆にこの機嫌の良いかなめを不審に思いながら、落ち込んでいるとしか見えないアイシャを眺めていた。


 駐車場に滑り込むスポーツカーに駆け寄る少女の姿があった。ナンバルゲニア・シャムラード中尉はその車の後部座席に誠の姿を見ると駆け寄ってくる。


「おら降りろ!」


「何よ!殴ることないでしょ!」


 後部座席のかなめに小突かれてアイシャが助手席から降りた。それに続いて降りてきたかなめを無視してシャムは狭苦しさから解放されて伸びをする誠の肩を叩く。


「誠ちゃん!隊長が呼んでるよ!急げって」 


 そう言い残すとシャムは公用車のガレージの前につながれている彼女の相方の巨大な熊、グレゴリウス16世のところへと走り去る。


「なんだ、また降格か?」 


 相変わらずの上機嫌でかなめは誠の肩を叩く。


「じゃあ先に着替えますから」 


 誠はそのまま珍しく正門から司法局実働部隊の隊舎に入った。


 まだ時間も早く、人の気配は無かった。誠はすぐさま目の前の階段を駆け上がり、二階の医務室を横目に見ながらそのまま男子更衣室に入った。


 そこには見慣れない浅黒い肌の少年が着替えをしていた。見たことの無い少年に怪訝そうな顔を向ける誠。少年は上半身裸の状態で誠を見つけると思わず肌を脱いだばかりのTシャツで隠した。


「第三小隊の新人君か?」 


 誠はそのまま自分のロッカーを開けてジャンバーを脱ぎだした。


「神前誠曹長ですよね?」 


 おどおどとした声はまるで声変わりをしていないと言うような高く響く声だった。


「ああ、そうだけど。君は?」 


「失礼しました!本日から司法局実働部隊第三小隊に配属になりましたアン・ナン・パク軍曹です!」 


 少年はTシャツを投げ捨てて誠に敬礼する。あまりに緊張している彼に誠は苦笑いを浮かべながら敬礼を返した。


「そんなに緊張することじゃないだろ?それにしても君は若く見えるね、いくつ?」 


 相手が後輩らしい後輩とわかると自然と自分の態度が大きくなるのに気づきながらも誠は少年にそう尋ねた。


「先月19歳になりました!」 


 直立不動の姿勢で叫ぶアンに誠は照れて頭を掻く。


「そうか、まあそうだよな。パイロット研修とかしたらそうなるよね。それにしてもそんなに緊張しないほうがいいよ。僕も正式配属して半年も経っていないし……」 


 そう言う誠にアンは安心したと言うように姿勢を崩した。


「やっぱり思ったとおりの人ですね、神前曹長は」 


 急にしなを作ったような笑顔を浮かべながらアンはワイシャツに袖を通す。誠はそのまま着替えを続けた。


「僕はそんなに有名なのかな?」 


「すごい戦果じゃないですか!初出撃で敵アサルト・モジュールを6機撃墜なんて常人の予想の範囲外ですよ。そして先日の法術兵器の運用による制圧行動。遼南でもすごい話題になってましたよ」 


 ワイシャツのボタンをとめるのも忘れて話し出すアンに正直なところ誠は辟易していた。


「ああ、そうなんだ。じゃあアン軍曹は遼南帝国軍からの転属?」 


「はい、遼南南部軍管区所属二十三混成機動師団からの出向です」 


 はきはきと誠の顔を見ながらアンは心からうれしそうに話す。誠はその媚びるような口調を不審に思いながらも着替えを続けようとズボンのベルトに手をかけた。


 ズボンを脱いで勤務服のズボンを手に取ったとき、誠はおかしなことに気づいた。先ほどから着替えをしているはずのアンの動く気配が無い。そっと不自然にならないようなタイミングを計って振り向いた。誠の前ではワイシャツを着るのを忘れているかのように誠のパンツ姿を食い入るように見ているアンがいた。


「ああ、どうしたんだ?」 


 誠の言葉に一瞬我を忘れていたアンだが、その言葉に気がついたようにワイシャツのボタンをあわてて閉めようとする。その仕草に引っかかるものを感じた誠はすばやくズボンを履いてベルトを締める。


 だが、その間にもアンはちらちらと誠の様子を伺いながら、着替える速度を加減して誠と同じ時間に着替え終わるようにしているように見えた。


『もしかして……』 


 冷や汗が流れる。初対面の相手。できればそう言う想像をしたくは無かったが、アンの視線は明らかに大学時代に同性愛をカミングアウトした先輩が誠に向けていた熱い視線と似通っていた。早く、一刻も早く着替えてしまいたい。誠はアンから目をそらすと急いで着替え始めた。そうすると後ろに立っているアンもすばやく着替えようとする衣擦れの音が響いてくる。


 焦った誠はワイシャツにネクタイを引っ掛け、上着をつかむと黙って更衣室を飛び出した。誠は二人だけの状況から一秒でも早く抜け出したかった。そのまま振り向きもせずに早足で実働部隊の詰め所に向かった。

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