終戦

第314話 終戦

 嵯峨のカスタムしてくれたサブマシンガンを片手に誠はゆっくりと07式の残骸に近づいていった。強烈な異臭が彼の鼻を覆い思わず手を口に添える。


「そんなに警戒する必要は無いと思うぞ。この地域はほぼ制圧していたからな、反政府勢力も先ほどの光景を目にしていれば手を出してくることも無いだろうし」 


 そう言うのは警備部部長、マリア・シュバーキナ少佐だった。彼女の部下達も明らかにおびえている誠の姿が面白いとでも言うように誠の後ろをついて回る。原野に転がる07式の姿は残骸と呼ぶにしては破壊された部分が少ないように見えた。近づくたびに、異臭の原因が肉が焼けたような匂いであることに気付く。


 突然、その内部からの爆発で押し破られたコックピットの影で動くものを見た誠はつい構えていたサブマシンガンのトリガーを引いてしまった。


「馬鹿野郎!味方を撃つんじゃねえ!」 


 そう言って両手を挙げて顔を出したのかなめだった。安心した誠はそのまま彼女に駆け寄る。


「すいません……ちょっと緊張してしまって……」 


「フレンドリーファイアーの理由が緊張か?ずいぶんひでえ奴だな……見ろよ」 


 かなめには今、誠に銃で撃たれそうになったことよりも、コックピットの中が気になっていた。彼女にあわせて07式のコックピットを覗き込んだ誠はすぐにその中の有様に目を奪われた。


 その中には黒く焦げた白骨死体が転がっていた。付いていたはずの肉は完全に炭になり、全周囲モニターにこびりついているパイロットスーツの切れ端がこの死体の持ち主がすさまじい水蒸気爆発を起こしたことを証明していた。


「典型的な人体発火現象ですね」 


 誠は思わず胃の中のものを吐き出しそうになる衝動を抑えながらつぶやいた。人体発火現象は遼州発見以降、珍しくも無い出来事になっていた。それが法術の炎熱系能力の暴走によるものであると世間で認識されるようになったのは、先日の誠も参加した『近藤事件』の解決後に遼州同盟とアメリカ、フランスなどの共同声明で法術関連の研究資料が公開されるようになってからの話である。


 人間の組成の多くを占める水分の中の水素の原子組成を法術で変性させて、水素と酸素を激しく反応させて爆発させる。この能力は多くは東モスレムなどのテロリストが自爆テロとして近年使用されるようになっていた。コストもかからず、検問にも引っかからない一番確実で一番原始的な法術系テロだった。


「ひでーな。こりゃ」 


 誠が見下ろすと小さな上司、ランがコックピットの中を覗き込んでいる。


「クバルカ中佐。法術防御能力のある07式のコックピットの中の人物を外から起爆させることなんてできるんですか?」 


 誠は小さな体でねじ切れた07式のハッチについたパイロットスーツの切れ端を手で触っているランにたずねてみる。


「理屈じゃあできないことじゃねーけどさ。広範囲の法術がすでに発動している領域にさらに介入して目標を特定、そして対象物を起爆させるってなれば相当な負荷が使い手側にもかかるわけだが……。でもこの有様じゃあそれをやってのけたわけだ……その怪物みたいな法術師は」 


 ランが感心しながらコックピットの上のモニターに乗って後ろ向きに中を覗き込む。


「あとは技術部の仕事になりそうだな。見ろ」 


 隣で狙撃銃を肩から提げて振り返るマリアの視線の先にはゆっくりと降下してきている『高雄』の姿があった。


『皆さんはご無事なのですか?大丈夫でしょうか?』 


 通信機から法術特捜主席捜査官嵯峨茜警視正の心配そうな声が聞こえてくる。


「ああ、大丈夫だ。うちは足首を捻挫した馬鹿が一名出ただけだ。それと……」 


 マリアががけの下をのぞき見ると駆け足で駆け寄ってくるカウラの姿があった。


「第二小隊は全員無事です。それにクバルカ中佐と東和陸軍の二人の協力者も」 


 カウラの言葉にコックピットの上に乗っかっているランも頷いた。


 『高雄』を見上げる誠達に向かって小型の揚陸艇が進んでくる。


『あんまり動かさないでくれよ。そいつは重要な資料なんだから』 


 珍しく仕事熱心なヨハンの巨大な顔が通信端末に拡大される。


「おい!エンゲルバーグ。一言言っていいか?」 


 ニヤニヤ笑いながらかなめが怒鳴る。


『そんなにでかい声で……なんですか?』 


「痩せろ!」 


 かなめがそう言うと同意するとでも言うように倒れている07式を取り巻いているフル装備の警備部の兵士達が笑う。


『西園寺大尉。人の体型とかをあげつらうのは良くないことだと思うんですけど……』 


 消え入りそうな声でそう言ったレベッカに巨体をゆすらせてヨハンはうなづく。


「それはオメエもそうだろ?」 


『私はそんなことは言いません!』 


 そう言ってレベッカは大きすぎる胸を揺らしながら怒ってみせる。誠がそのやり取りを聞きながらカウラに目をやってしまう。カウラはレベッカの

胸を見ながらぺたぺたと自分の胸を触る。


「やっぱり天然眼鏡娘はだめだな。それよりロナルドの旦那とは連絡がついたのか?」 


 そう言ってかなめは通信機の画面を切り替えた。誠もなんとなく彼女に従ってチャンネルを変える。『高雄』のブリッジが映し出されるがそこには茜の姿が無かった。

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