第291話 不気味なデモンストレーション
「これは少し遅いのではなくて?」
屋上に到着した誠達にそう言いながら手にした愛刀村正を鞘に収めていたのは、いつも誠に法術系戦闘術を伝授している嵯峨惟基の長女、茜だった。
「逃げたってことか?」
そう言いながら子供向けのポーチにランは拳銃をしまう。
「だとしたらいいですわね。こんな繁華街で破壊活動に出られたら私達は手も足も出ませんもの」
そう言いながら茜はぼんやりと手すりのない屋上から階下の道を眺めた。
『アイシャさん、解決しましたよ』
『わかったわ。とりあえず所轄が来るまで現状の保全体勢に入るわね』
『ったく、つまんねえなあ。この前みたいに暴れてくれたらよかったのによう』
アイシャとの感覚交信にかなめが割り込んでくる。
『あの海に行った時みたいなことはもうごめんですよ』
そう言って苦笑いを浮かべる誠を監視するように茜は見つめる。
「あの海の法術師、北川公平容疑者程度ならよかったんですけれど……神前曹長。これを見ていただける?」
そう言って茜は彼女の立っている足元を指差した。防水加工をされたコンクリートの天井の灰色の塗料が黒く染まっている部分が目に入ってくる。
「焦げてるな。炎熱系か?だが確かにあの感覚は空間制御系の力だったぜ」
そう言いながらランは腕組みをして考え込む。誠の知る限りでは炎熱系の使い手、司法局実働部隊管理部部長のアブドゥール・シャー・シン大尉を思い出したが、彼から炎熱系の法術は他の力との相性が悪いと言うことを聞かされていた。
「別系統の法術まで使いこなすとなるとかなり厄介ですわね。それに明らかに今回はまるで自分の存在を示すためだけにここに現れたみたいですし」
そう言いながら茜は首をひねっていた。
「デモンストレーションか。趣味のわりー奴だな」
そう言いながらランはポーチから携帯端末を取り出し、現状の写真の撮影を開始した。
「でも本当は神前君とクラウゼ少佐は休暇だったんでしょ?これで皆さんの気遣いが無駄になってしまいましたわね」
東和警察と同じ紺色の制服に黒い鞘の日本刀を差した姿の茜が襟元で切りそろえられた髪をなびかせながら下の騒ぎを眺めていた。誠はちらりとランの視線を浴びると頭を掻いた。すでにここを所轄する豊川署の警察官が到着して進入禁止のテープを引いていた。
「でも仕事が優先ですから」
誠の言葉に一瞬笑みを浮かべた茜は端末を取り出して所轄に現状の報告を始めた。
「おい、この状況。オメーはどう思うんだ?」
屋上の焦げた塗装の写真を一通り撮り終えたランが誠を見上げる。その姿は何度見ても小学校に入るか入らないかと言う幼女のそれだった。
「狙いはやはり僕だったと思います。それも攻撃をする意図も無く、ただこちらに存在を知らしめることが目的のような気が……。そのために必要も無い炎熱系の法術を使用して自分の持つ力を誇示してみせた……」
そこまで誠が言ったところで呆れたような顔でランは首を振る。
「ちげーよ。オメーの言った事は士官候補生の答えじゃねーよ、それは。アタシが言いてーのはそこに立ってアタシ等に存在を誇示して見せた容疑者がどういう奴かってことだよ」
そう言うとランの視線が誠を射抜いた。誠はその目が別に誠を威圧しているわけではなく、ランの目つきがそう言うものなのだとようやくわかってきた。
「遼州同盟に反対するテロリストにしては何もしないで帰るというのが不思議ですし、国家規模の特殊部隊ならこのようなデモンストレーションは無意味でしか無い」
首をひねる誠にランは明らかにいらだっていた。
「じゃあ基本的なところから行くか。まず最近のテロ組織の傾向について言ってみろ」
その厳しい言葉はどう見ても子供にしか見えなくてもランが軍幹部であることを誠に思い出させた。
「近年はそれまでの自爆テロを中心とする単発的な活動から、組織的な自己の法術能力を生かした活動へと傾向が変わりました。近年の代表的テロでは先月、遼南南都租借港爆破事件があります。アメリカ海軍の物資調達担当中尉を買収して、食料品の名目で多量の爆発物を持ち込んだ上で軍施設職員として潜入していたシンパが爆薬の設置を行う。これは非法術系の作戦ですがおそらく他者の意識を読み取れる能力のある法術師が関与していた可能性は極めて高いです。直接的な法術系のテロは近藤事件以降は僕を襲ったあの件だけと言うのが最近の傾向です」
誠の言葉にランは黙って聞き入っていた。
「そうすると変じゃねーか?アタシも現場にいたからわかるけど、このの非合法法術使用事件は単独の法術師によるものなのはオメーも見てただろ?テロ組織にしたら虎の子の法術師をわざわざ身柄を拘束される可能性があるこんな街中でのデモンストレーションに使う意味がねーじゃん。するとテロ組織とは無関係の単独犯の行動?これほどの力の法術師が組織化が進む犯罪組織に目をつけられないはずはねーな」
そう言いながらランは頭を掻く。こんどは誠の方が少しばかり彼女の勿体つけた態度にいらだっていた。
「それなら誰がここに立っていたんですか!」
誠の語気が思わず強くなる。そんな誠に茜が肩に手を添えて言った。
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