第278話 介入を許すもの

 一言言葉を間違えれば斬り殺されるのではないかと思い詰めているように高倉は冷汗を流しながら嵯峨を見つめていた。その前で嵯峨は相変わらずののんびりとした調子で伸びをして墓石を一瞥した。


「バルキスタンのエミール・カント将軍……そろそろ退場してもらいたいものだとは思うんですけどね」 


 嵯峨の言葉に高倉はうなづく。だが嵯峨は言葉を発しようとする高倉をを制して言葉を続けた。


「アメリカさんの受け売りじゃないが、根っこを絶たなきゃいつまでもベルルカン大陸が暗黒大陸なんて呼ばれる状況は変わりやしませんよ。それにただでさえ難民に混じって大量に流通する物騒な兵器や麻薬、非合法のレアメタルにしても、入り口が閉まらなきゃあちらこちらに流れ出て収拾がつかなくなる……いや、そもそも収拾なんてついてないですがね」 


 そこまで言ったところで嵯峨は大きくタバコの煙を吸い込んだ。高倉は嵯峨に反論するタイミングをうかがっていた。


「だけどね、これはあくまで遼州自身のの問題ですよ。アメリカの兵隊をほいほい引き込む必要は無いんじゃないですか?」 


 嵯峨はゆっくりと味わうようにタバコをくわえる。その目つきに光が差し、高倉を威圧するようににらみつけた。


「確かに俺の手元にある資料だけで彼を拉致してアメリカの国内法で裁けば数百年の懲役が下るのは間違いないですし、うまくいけばいくつかの流通ルートの解明やベルルカンの失敗国家の暗部を日に当てて近藤資金の全容を解明するにもいいことかも知れないんですが……」 


 黙り込む高倉に助け舟を出すように嵯峨はそう付け足した。高倉の表情が一縷いちるの望みを見つけたというように明るくなる。


「それなら……わが軍とアメリカ海軍との合同作戦について……」 


 高倉は希望を込めた言葉を切り出そうとした。しかし、嵯峨の眼はいつものうつろなものではなく、鉛のような鈍い光を放っていた。そしてその瞳に縛られるようにして高倉は言葉を飲み込んだ。


「遼州の暗部は遼州の手で遼州で日の下に晒す。それが筋だと思うんですがね。そしてそれが胡州の国益にもかなうと思いますよ。確かにバルキスタンの問題は規模が大きすぎる。まるでパンドラの箱だ。災厄どころか永遠の憎悪すら沸き起すかもしれないブービートラップだ。俺はできるだけ開かずに済ませたいところですがねえ。それが事なかれ主義だってことは十分に理解していますが」 


 そう言うと嵯峨はそのまま墓を後にしようと振り返った。


「つまり遼州同盟司法局は米軍と我々の共同作戦の妨害を行うと?」 


 高倉の言葉に嵯峨は静かに振り返る。


「それを決定するのは俺じゃないですよ。司法局の幹部の判断だ。ただひとつだけいえることはこの胡州軍の動きについて、司法局は強い危機感を持っているということだけですよ。俺にはそれ以上は……」 


 そう言うと嵯峨は手を振って墓の前に立ち尽くす高倉を置き去りにして歩き出した。高倉を気にしながらかえでと渡辺は嵯峨についていく。そして高倉の姿が見えなくなったところでかえでは嵯峨のそばに寄り添った。


「叔父上、いいんですか?現状なら醍醐殿に話を通して国家憲兵隊の動きを封じることもできると思うのですが?」 


 かえでも高倉がアメリカ軍の強襲部隊と折衝をしている噂を耳にしないわけではなかった。エミール・カントの拉致・暗殺作戦がすでに数度にわたり失敗に終わっていることは彼女も承知していた。低い声で耳元でつぶやくかえでに嵯峨は一瞬だけ笑みを浮かべるとそのまま無言で歩き始めた。待っていた正装の墓地の職員に空の桶を職員に渡すとそのまま嵯峨はかえでの車に急ぐ。次第に空の赤色が夕闇の藍色に混じって紫色に輝いて世界を

覆う。


 そんな二人を見て渡辺は急いで車に乗り込む。渡辺が後部座席のドアを開けると嵯峨は静かに乗り込んだ。そして運転席に乗り込み発進しようとする渡辺を制して助手席のかえでの肩に手を乗せた。


「正直、国家憲兵隊は権限が大きくなりすぎた。本来国内の軍部の監視役の憲兵が海外の犯罪に口を挟むってのは筋違いなんだよ。だから高倉さんには悪いが大失態を犯してもらわないと困るんだ。当然相方のアメリカ軍にも煮え湯を飲んでもらう」 


 突然の言葉に楓は振り返って嵯峨の顔を覗き込んだ。そのまま後部座席に体を投げた嵯峨はのんびりと目を閉じて黙り込んでしまった。


「車、出しますね」 


 そう渡辺が言ったところでかえでの携帯端末に着信が入った。


「あ、叔父上。屋敷に赤松中将がお見えになったそうです」 


 短いメールを見てかえでがそう叔父に知らせるが、嵯峨はすでに眠りの世界に旅立っていた。

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