第256話 熊小屋
手早く肉をラップで包み終えた誠はかなめ達の手際の悪い片付けを見つめている嵯峨を見上げた。
「あのー、終わりましたけど。僕が手伝いましょうか?」
「お前さんには用がある人間がいるだろうからな。行ってこいよ」
そんな嵯峨の言葉に追い出されて廊下に出ると、ハンガーから響くランの叫び声が聞こえた。誠はとりあえずハンガーへと向かった。
「オメエ等!邪魔すんじゃねえよ!」
ランの叫び声が聞こえて、誠は管理部の前の手すりから身を乗り出した。三号機、誠の専用機はすでに定位置に固定されていた。
しかし、その正面には奇妙な箱が置かれている。
高さは5メートルくらい、良く見れば先月解体を担当した仮設住宅を組みなおした物だった。その隣では吉田とシャムがランとにらみ合っている。
「吉田少佐!」
階段を駆け下りた誠を吉田は珍しいものを見るような目つきで見つめる。
「ああ、良い所にきたな」
そう言いながら吉田は腕組みをしているランをにらみつける。
「コイツを外まで運んでくれねえか?」
吉田が指差している建物の中から甘えたような動物の声が聞こえる。
「これって……」
「うん! グレゴリウス19世の家だよ!」
「16世だろうが!」
名前を間違えたシャムを吉田がはたく。そんな二人を見ながら恐る恐る誠はランを見つめた。ランは小さな体を一杯に伸ばして誠を見つめる。中佐
という肩書きは伊達ではなく、どう見ても小学生にしか見えない彼女だがその見えない圧力と言うものを感じて誠は冷や汗を流した。
「こんなもの作ってんじゃねえよ。明華!」
ランはそう言うと控え室から出てきた明華に声をかける。
「作っちゃったんだからしょうがないじゃない。それにこれなら人力で何とかなるでしょ?丁度、食後の説教も終わったところだし……」
そう言う明華の後ろから西達整備班員が出てくる。
「神前曹長も手伝いなさい」
明華の言葉に押されて目の前の箱に隊員達が群がる。
「じゃあいっせいに力を入れるのよ!」
明華の合図に隊員達は力を込めて踏ん張った。突然バランスが崩れて黒い塊が入り口から飛び出てきた。巨大な熊。近くの隊員が恐怖で手を離してプレハブが床に落ちる。
「なんだ!シャム。入ったままだったのか!」
怒鳴りつけるランにシャムは頭を下げている。飛び出した熊、グレゴリウス16世は逃げ惑う整備班員を追い回していた。
「どうにかしろ!」
腹を抱えてこの有様を見つめている吉田の尻をランが蹴り上げた。
「なにすんですか!」
そう言い返すものの腕組みしてにらみつけるランに、吉田はあきらめてグレゴリウス16世のところに行ってその首輪を握って動きを止める。
「今のうちよ」
そう言う明華の顔色を見た西が仲間を集めて再びプレハブを持ち上げる。
「大変ですわねえ」
外から戻ってきた茜が汗を流して熊の家を運んでいる誠達を優雅に扇子をはためかせながら見つめている。
「茜もやるか?」
そんなランの言葉に扇子で口元を押さえる茜は首を横に振った。
「早く運べよ!」
ランはそう言うと隅を持っている西の尻を蹴り上げる。
「そんなこと言っても……」
泣き言を言う誠を横目に見ながらグレゴリウス16世とシャムと吉田がじっと彼を見つめていた。
「さあ!私も応援よ!」
その後ろにはいつの間にかアイシャが来てグレゴリウス16世の頭を撫でていた。
そろそろとハンガーを出たプレハブ小屋はグラウンドをゆっくりと移動する。
「ほら!もっと急ぎなさいよ!」
明華がはっぱをかける。誠の額に汗が浮いた。
「大変ねえ、誠ちゃん」
そう言いながらアイシャがハンカチで誠の額を拭う。いきなりの好待遇を受ける誠に整備班員達から冷たい視線が浴びせかけられて誠は何もできず
に黙り込んだ。
「オメエなあ。もっと力入れて運べ!」
ランは今度は誠の尻を蹴り上げる。小柄な彼女だが、その一撃は鋭く、思わず誠は手が滑りそうになる。
「クバルカ中佐。そんなに苛めなくても……」
心配そうにアイシャが口を挟むがぎろりと言う音でもしそうな調子でランがアイシャを見上げた。ようやくファールグラウンドから畑に向かう空き地に到着したところで吉田が手を上げた。
「手を挟むんじゃないわよ!私は怪我で休みますなんて認めないからね!」
明華の檄が飛ぶ。この騒ぎを見て駆けつけたレベッカが心配そうに整備員達を見つめている。プレハブの小屋は静かに雑草の上に置かれた。グレゴリウス16世を連れたシャムが早速新居を見て回る。隊員達からは安堵のため息が漏れた。誠もまた悠然と我が家を見て回るグレゴリウス16世に笑みを浮かべながらプレハブの隣に腰を下ろそうとした。その時背中に気配を感じた。
「それじゃあ早速シミュレーションでお前の腕前見せてもらうぞ」
作業服の襟を掴まれて誠が振り向く。ランははるかに大きい誠を掴んでずるずると引きずり始める。
「大丈夫ですよ!逃げたりしませんから!」
そう叫ぶ誠を鋭い目つきでにらみながらランはようやく手を離した。
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