本配属になる幼女
第254話 報告と焼き肉
「西園寺。とりあえず隊長に神前を迎えに行ったことの報告しといた方がいいな」
そう言うとカウラは、まだ茜に言いたいことがあるとでも言うように口を尖らせるかなめの腕を引いた。仕方なくかなめはカウラに引かれてそのまま廊下を進む。そうして向かった司法局実働部隊隊長室のドアは少し開いていた。
部屋に入ったとたんに香ばしい香が三人の鼻を刺激する。
「何やってんだ?叔父貴は」
そう言うとかなめはノックもせずに隊長室に入った。
「ああ、戻ってきたの?まあお肉は一杯あるから」
そう言って七輪に牛タンを乗せていたのは許明華大佐だった。技術部を統括する司法局実働部隊影の最高実力者と言われる女傑である彼女は旨そうに牛タンを頬張っていた。
「ああ、丁度いいところに来やがったな。食うだろ?お前等も」
そう言って後ろから取り皿と箸を用意する男が司法局実働部隊隊長嵯峨惟基特務大佐だった。
「ええと……じゃあお言葉に甘えて」
少しばかり驚いた後、カウラはそう言うとかなめと誠をつれて隊長室に入る。
嵯峨の娘、茜が主席捜査官としてこの庁舎に出入りするようになって、一番変わったのがこの隊長室だった。
少なくとも分厚く積もった埃は無くなった。牛タンを頬張る明華の足元に鉄粉が散らばっているのは、ほとんど趣味かと思える嵯峨の銃器のカスタムの為に削られた部品のかけら。それも夕方には茜に掃き清められる。
猛将、知将と評される嵯峨だが、整理整頓と言う文字はその多くの知識のどこを紐解いても見当たらない言葉だった。茜の配属以前は部屋の床はまず嵯峨が付き合いで頼まれた書の為の墨汁で彩られ、そこに拳銃のスライドを削った鉄粉がまぶされ、その上に厚い埃が層になっていた。
特にカウラは几帳面で潔癖症なところがあるので、この部屋に入るのを躊躇することもあったくらいだった。茜が掃除を取り仕切るようになった今では、とりあえず衛生上の心配はしないで済む程度の部屋になっていたので誰もが嫌な顔せずに焼肉を楽しむことが出来た。
「ちょっとベルガー大尉。レモン取って」
明華はそう言うと七輪の上で焼きあがった牛タンを皿に移す。
「ほら、皿ならここにあるぜ」
そう言うと嵯峨は借りてきた猫のように呆然と突っ立っている誠達の手に皿を握らせる。接客用テーブルの上に皿に乗せた牛タンが並んでいる。量としてはおそらく二頭分くらいはあるだろうか。それを嵯峨は贅沢に炭火で焼いている。
「叔父貴、酒はどうしたんだよ」
嵯峨が焼いていた肉を横から取り上げたかなめが肉にレモン汁をたらしながら尋ねる。
嵯峨は察しろとでも言うように横を見た。そこにはかなめをにらみつけている明華がいる。かなめは肩をすぼめてそのまま肉を口に入れた。
「そう言えばシン大尉は演習場から司法局本局へ出頭ですか」
カウラは大皿から比較的大きな肉を取って七輪の上に乗せる。
「まあな。法術関連の法整備とその施行について現場の意見を入れないわけにもいかないだろ?まあ俺が顔を出せれば良いんだが、俺はお偉いさんには信用無いからな」
そう言いながら嵯峨は焼きあがった肉にたっぷりとレモン汁を振りかけた。
「それより叔父貴。シンの旦那が転属になるって噂、本当なのか?」
かなめのその言葉を黙って聞きながら嵯峨は口に肉を放り込む。
「ったくどこで聞いてきたんやら?」
嵯峨は口の中で肉の香を確かめるようにかみ締めながらつぶやく。
「ああ、シン大尉の件は本当よ。予算取りの関係で東和軍とパイプが欲しいところだったから、代わりに腕の立つ背広組の人材が欲しいって言ったらそれに適した人材がいるって話が来たのよ」
静かに肉をかみ締めていた明華があっさりとした口調でそう答えた。
「背広組?マジかよ……」
かなめはそう言いながら一人、肉に箸を伸ばさない。
「嘘ついてどうするの?シン大尉がいなくなるから規律が緩くなるとでも思ったわけ?西園寺大尉、残念ね」
それだけ言うと明華は牛タンを口に放り込む。誠はかなめを見つめた。ようやくかなめも決心がついたように肉に箸を伸ばすが、どこかしら躊躇しているところがある。
「迷い箸は縁起が悪いな」
そう言う嵯峨は彼女が取ろうとした肉を奪って七輪に乗せる。
「でも、本当に美味いな、胡州肉は。西園寺も早く食べろ」
そう言ってカウラは肉をひっくり返す。
「そう言えばクバルカ中佐が部隊に本異動になるらしいんですが……許大佐はクバルカ中佐とは旧知と聞いているんですけど」
カウラが水を向けると、肉をかみ締めていた明華が微笑みながら箸を置く。
「まあね、遼南内戦の共和軍のエースだからね、ランは。人民軍の兼州軍閥のパイロットとして何度か煮え湯を飲まされたこともあるからね。遼南内戦の央都攻防戦の頃からの付き合いに鳴る訳だから……もう十四年の付き合いってことになるわね」
「え? 十四年って……許大佐はさんじゅっ……」
誠が口を開いたとたんに腹部にかなめの拳がめり込んだ。それを見て明華はかなめに親指を立てて見せる。
「おい、誠よ。女性に年の話をするんじゃねえよ」
嵯峨はむせる誠に冷ややかな視線を向ける。
「でも殴ることは……」
「昔から言うじゃねえか、愛ゆえに殴るって」
得意げなかなめのタレ目が腹を押さえて前かがみの誠の目の中に映る。
「愛?」
嵯峨がいかにも嬉しそうな顔をする。カウラは皿から七輪に移そうとした肉を取り落とす。肉の焼ける音を聞きながらかなめの顔が真っ赤に染まる。
「誤解だ!こいつのことなんて何にも思ってねえからな!」
かなめは大きく手を振ってごまかした。
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