普段の一日
第220話 図書館と呼ばれる魔窟
「じゃあこれを図書館に運びましょう!」
昼食を終えたアイシャが誠達一同に声をかけてつれてきたのは駐車場の中型トラックの荷台だった。
「図書館?」
誠は嫌な予感がしてそのまま振り返った。
「逃げちゃ駄目じゃないの、誠ちゃん!あの部屋、この寮の欲望の詰まった神聖な隠し部屋よ!」
「あそこですか……」
あきらめた誠が頭を掻く。西はそわそわしながらレベッカを見つめた。
「クラウゼ少佐。図書館や欲望って言われてもぴんとこないんだけどな」
ロナルドが手を上げてそう言った。隣で岡部とフェデロが頷く。
「それはね!これよ!」
そう言ってアイシャはダンボールの中から一冊の冊子を取り出してロナルドに渡す。ロナルドはそれを気も無く取り上げた次の瞬間、呆れたような表情でアイシャを見つめた。絡み合う裸の美少年達の絵の表紙。誠は自然と愛想笑いを浮かべていた。
「わかったんですが……こんなの堂々と見せるのは女性としては品格を欠くような気がするような……」
「そういう事言う?まるでアタシが変態みたいじゃないの」
「いや、みたいなんじゃなくて変態そのものなんだがな」
後ろからかなめが茶々を入れる。アイシャは腕を組んでその態度の大きなサイボーグをにらみつける。
「酷いこと言うわね、かなめちゃん。あなたに私が分けてあげた雑誌の一覧、誠ちゃんに見せてあげても良いんだけどなあ」
「いえ!少佐殿はすばらしいです!さあ!みんな仕事にかかろうじゃないか!」
かなめのわざとらしい豹変に成り行きを見守っていたサラとパーラが白い目を向ける。とりあえずと言うことで、岡部、誠、フェデロ、西の四人がダンボールを抱えて寮に向かった。
「そう言えば棚とかまだ置いてないですよ……昨日部屋にあった奴は全部処分しちゃいましたし」
一際重いダンボールを持たされた誠がなんとか持ちやすいように手の位置を変えながらつぶやく。左右に揺れるたびに手に伝わる振動で誠は中身が雑誌の類だろうということが想像できた。
「ああ、それね。今度もまたキムとエダに頼んどいたのよ」
「あいつ等も良い様に使われてるなあ」
誠の横を歩くかなめはがしゃがしゃと音がする箱を抱えている。そしてその反対側には対抗するようにカウラがこれも軽そうなダンボールをもって誠に寄り添って歩いている。
「これは私から寮に暮らす人々の生活を豊かにしようと言う提言を含めた寄付だから。かなめちゃんもカウラちゃんも見てもかまわないわよ」
「私は遠慮する」
即答したのはカウラだった。それを見てかなめはざまあみろと言うように手ぶらで荷物持ちを先導しているアイシャに向けて舌を出す。
「オメエの趣味だからなあ。どうせ変態御用達の展開なんだろ?」
「暑いわねえ、後ちょっとで秋になると言うのに」
「ごまかすんじゃねえ!」
かなめが話を濁そうとしたアイシャに突っ込みを入れる。そんな二人を見て噴出した西にかなめが蹴りを入れた。
「階段よ!気をつけてね」
すっかり仕切りだしたアイシャに愚痴りながら誠達は寮に入った。
「はい!そこでいったん荷物を置いて……」
「子供じゃないんですから」
先頭を歩いていた岡部が手早く靴を脱ぐ。西の段ボールから落ちた冊子を拾ったレベッカが真っ赤な顔をしてすぐに、西の置いたダンボールの中にもどしてしまう。
「二階まで持って行ったあとどうするんですか?まだ棚が届かないでしょ?」
「仕方ないわね。まあそのまま読書会に突入と言うのも……」
「こう言うものは一人で読むものじゃねえのか?」
そう言ったかなめにアイシャが生暖かい視線を送る。その瞬間アイシャの顔に歓喜の表情が浮かぶ。
「その、あれだ。恥ずかしいだろ?」
自分の言葉に気づいてかなめはうろたえていた。
「何が?別に何も私は言ってないんだけど」
アイシャは明らかに勝ったと宣言したいようないい笑顔を浮かべる。
「いい、お前に聞いたアタシが間抜けだった」
そう言うとかなめは誠の持っていたダンボールを持ち上げて、小走りで階段へと急ぐ。
「レベッカちゃん。もし好きなのが見つかったら借りて行ってもいいのよ」
アイシャのその言葉にレベッカは再び顔を赤らめてうつむく。
「しかし、気前が良いな。何のつもりだ?」
カウラが不思議そうにアイシャを見つめる。
「これが布教活動と言うものよ!」
胸を張るアイシャに中身のあまり入っていない箱を抱えようとしていたサラとパーラは思わずそれを置いて頭を抱えた。嫌な予感がして誠はとりあえずかなめを追って二階に上がる。二階の空き部屋の前にはかなめが座っていた。
「西園寺さん」
声をかけると後ろに何かを隠すかなめがいた。
「脅かすんじゃねえよ」
引きつった笑みを浮かべるかなめの手には一冊の薄い本が握られていた。誠はとりあえず察してそのまま廊下を走り階段を降りた。
「西園寺は何をしている?」
「さあ何でしょうねえ」
先頭を切って上がってくるカウラに誠はわざとらしい大声で答えた。二階の廊下に二人がたどり着くと空き部屋の前にはかなめが暇そうに立っていた。
「かなめちゃん早いわね」
アイシャの視線はまだ生暖かい。それが気になるようで、かなめは壁を蹴飛ばした。
「そんなことしたら壊れちゃうわよ」
サラがすばやくかなめの蹴った壁を確かめる。不機嫌なかなめを見てアイシャはすっかりご満悦だった。
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