第203話 戦略兵器

「それにしちゃカネミツが豊川に運ばれたって言う噂は解せねえな。あれは遼南の『フラッグ・アサルト・モジュール』だ。カネミツが動くと言うことは遼南が動くってことだろ?国防はあの国でも政府の専権事項だろ?ブルゴーニュ候がなんでそっちの許可を出したんだ?」 


『カネミツ』という言葉で誠は思わずシートにもたれていた背筋を伸ばした。アサルト・モジュールの起源とも言える古代遼州文明の兵器。その失われた技術を使っての最終決戦兵器として胡州帝国が開発したのが『カネミツ』だった。


 古代文明の失われた技術再生のために胡州帝国陸軍は専門の実験機関を設立して挑んだ。そして『特戦三号試作戦機計画』により製作された唯一の稼動機体である24号機は適合パイロットである嵯峨惟基の愛刀の名から『カネミツ』と呼称された。05式の50倍と言う強大な出力の対消滅エンジンを搭載し、それに対応可能なアクチュエーターを装備している。そして思考追従式オペレーションシステムを搭載し驚異的な機動性能を実現した最強のアサルト・モジュールとさえ言われている。


 先月の法術兵器にかけられていた情報統制が解禁されてから流れた情報では、司法局実働部隊の運用艦『高雄』の重力波砲と比べても最低に見積もって500倍の出力を誇る広域空間変性砲を装備していることが公表された。


 その化物は実験場のあった遼南共和国に接収されたのち、遼州内戦の結果には嵯峨の私物、すなわち遼南皇帝の愛機として新生遼南帝国の所属となっていた。


「その噂。裏は取れているのかしら?『カネミツ』が動くって」 


 茜は表情も変えずに渋滞を抜けようと左折して裏道に入り込んだ。


「なに、ただの与太話だ。だが、アタシの情報網でも弾幕の雨の中でも正気を保てる程度の連中が目の色変えて裏を取ろうと必死になってるって話だ」 


 郊外の住宅街と言う豊川市の典型的な眺めが外に広がっている。かなめはそんな風景と変わらない茜の表情を見比べていた。


 茜は無言だった。かなめは何度か茜の表情の変化を読み取ろうとしているように見えたが、しばらくしてそれもあきらめた。かなめは頭を掻きながら根負けしたように口を開いた。


「何も答えるつもりは無いか……つまり、間違いなく言えることは何も言わずにアタシ等は法術特捜に手を貸せってことだけか」


 かなめは茜の沈黙に負けて『カネミツ』について聞きだすのを諦めた。現状として司法局の方針が法術特捜には人員を割くつもりが無い以上、彼女もその指示に従わざるを得なかった。 


「そうしていただけると助かりますわ。噂は噂。今は目の前にある現実を受け止めて頂かないと」 


 陸稲の畑の中を走る旧道が見えたところで、茜は車を右折させた。


「ったく人使いが荒いねえ。叔父貴は」 


「それは今に始まったことではないでしょ」 


 そう言って茜は笑う。かなめは耐え切れずにタバコを取り出した。


「禁煙ですわよ」 


「バーカ。くわえてるだけだよ!」 


 そう言うとかなめは静かに目をつぶった。

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