第171話 焼き放題

「また焼きそば、入るわよ」 


「とうもろこし、焼けたよ」 


 夫に対抗するようにリアナが焼きそばの具を炒め始め、健一はタレのたっぷり付いたとうもろこしを差し出す。


「アタシがもらう」 


 かなめは悠然と皿を抱えたままもう一方の手でとうもろこしを一本確保する。


「カウラ、代わろうか?」 


 とりあえずこの中では一番空気の読める隊員である、パーラが肉の塊にかかりっきりのカウラに声をかけた。


「すまない。頼む」 


 そう言うとカウラはいつの間にか隣に立っていた菰田からビールを受け取った。


「菰田君、ちょっと健一君と代わってあげてよ」 


 カウラを見守るだけで何もしない菰田にリアナが声をかける。


「すいません!気がつかなくて」 


 菰田がとうもろこし担当になると、男性隊員がその周りを囲み、次々と焼けたとうもろこしをさらっていった。


「おい!キム!またタバスコか?」 


 肉に色が変わるほどタバスコをかけているキムを見て島田が突っ込む。


「良いだろ?俺が食うんだから」 


 そう言うとキムは肉を口に放り込む。


「いい風ですね」 


 そんな隊員たちを見ながら誠はゆっくりとかなめの隣で焼きそばを食べていた。


「まあ年に一度のお祭りだな」 


「海に来るのは年に一度だが、お祭りは年中やってる気がするが」 


 リアナから渡された焼きそばの皿を手に、カウラが誠の隣に座った。


「まあな。どうせあれだろ?帰ったらあいつ等の歓迎会とかやるんだろうし」 


 網やまな板を洗っているレベッカを指差してかなめはそう言う。


「だろうな、シンプソン中尉!片付けは菰田達にやらせるから食べてくれ!」 


 明らかに作業に邪魔な胸を揺らしているレベッカを見ることに飽きたカウラはそう叫んだ。


「西園寺、せっかく仲間になるんだ。もう少し大人の対応は出来ないのか?」 


 レベッカの前をうろちょろしているかなめはカウラのその言葉を聴きながして、とうもろこしをかじっていた。


「そうだよねえ。かなめちゃんったらずっとレベッカちゃんにつんつんして、あんなに怯えてるじゃない」 


 近くに立っていた誠の陰に隠れてレベッカは様子を伺っている。まるで今にも泣き出しそうな表情でちらちらとかなめを覗き見ている。


「なんだよ、ありゃ。この商売舐められたら終わりだぜ。よくあんなのが勤まるもんだな」 


 レベッカの怯えた様子とは逆に満足げにかなめはとうもろこしを食べ続ける。


「かなめちゃん!」 


 急にリアナの大きな声がしたので一同が焼きそばの鉄板に視線を移した。


「みんな人それぞれ、いいところもあれば悪いところもあるのよ!そんな胸くらいのことで新しく来てくれた人を差別しちゃだめでしょ!」 


 その言葉に、かなめはとうもろこしから口を離す。リアナの『胸』と言うところでカウラが一瞬自分のことかと言うようにリアナを見つめる光景を見つけたアイシャは噴出しそうになるのを必死にこらえていた。


「お姉さんが言うことだ。済まなかったな」 


 素直に頭をたれるかなめにレベッカ少し戸惑いながら誠の後ろからおずおずと顔を出す。


「すいません、アタシなんかのために」 


 金髪の長い髪をなびかせながらレベッカはあわせて頭を下げる。


「でもさあ、なんかアメリカ人ぽく無いわよね、レベッカちゃん」 


 アイシャが焼きそばをすすりながらそう言った。


「私、戸籍はテキサスなんですが、生まれも育ちも長崎なので」


 ぽつりぽつりとレベッカは出身地について話した。誠はその時彼女の瞳に光るものを見つけた。


「良いじゃないですか。鈴木中佐。焼きそば取ってあげましょうよ」 


「そうね、レベッカちゃんは一番働いてたから、お肉大盛りにしてあげる」 


 リアナはそう言うと皿一杯に焼きそばを盛り付けてレベッカに渡した。


「ありがとうございます。麺類は大好きなんです」 


 そう言うとレベッカは慣れた調子で箸を使って焼きそばを食べ始めた。


「まあいいや。お姉さん、アタシにも頂戴」 


「ちょっと待っててね、かなめちゃんにはたっぷり食べてもらうから」 


 リアナはそう言うと先に作っておいた野菜炒めに麺を乗せてかき混ぜる。


「そう言えば神前曹長の機体のカラーリング。有名ですよ、合衆国でも」 


 そのレベッカの言葉に一同が凍りつく。明らかに予想していたと言うようにかなめのタレ目がじっと誠に向けて固定された。


「本当ですか?それは良かった」


 とりあえずの返事。そう割り切って誠は照れながらそう答えた。 


「良い訳ねえだろ!馬鹿野郎!テメエの痛い機体が笑われてるだけだろうが!」 


 そんな誠の後頭部をかなめは軽く小突く。誠は頭をさすりながらレベッカの輝く青い瞳に戸惑っていた。


「誠君大人気じゃないの。レベッカさん、ああ言うの好き?」 


「かわいい絵ですよね。漫画とか結構読んでたので好きですよ」 


 その言葉を聴いた瞬間にアイシャの目の色が変わる。


「じゃあアニ研新入部員に決定ね」 


 アイシャはそう言うと端末に手を伸ばした。


「レベッカ、悪いことは言わねえ、その腐った女から離れた方がいいぞ」 


「失礼ねえ、同好の士を迎えて歓迎しているだけよ。どこかのアル中みたいに力任せにぶん殴るしかとりえが無いわけじゃないのよ」 


「簀巻きにして魚の餌になりてえみたいだな」 


 かなめはにらみつけ、アイシャは口元に笑みを浮かべる。鉄板を叩きつける音が響いた。全員が振り返るとこてを焼きそばを載せた鉄板に叩きつけたリアナの姿があった。かなめ達はさすがにこれ以上リアナの機嫌を損ねないようにと、少し離れてビールを飲み始めた。誠は缶ビールを飲みながら焼きそばを食べ終え、健一からとうもろこしをもらって食べ始める。


「菰田、串焼きはどうなってる?」 


「もう大丈夫でしょう。西園寺さん、食べます?」 


 さすがに暑いのか、菰田が汗を拭いながらひたすら串を回転させている。


「いや、これはシャムが好きそうだなって。誠、シャム達と代わってやろうぜ」 


 誠の肩をつかむと、かなめはそのまま歩き始めた。


「おい、西園寺!」 


「カウラちゃん良いじゃないの。それに今回の旅行ではかなめちゃんには結構無理言った事もあるし」 


 アイシャは悠然とビールを飲んでいた。


「あの串焼き。ナンバルゲニア中尉用ですか?」 


 手を引いて先頭を歩くかなめに誠が尋ねる。


「分かってきたじゃねえか。あのチビ、ちっこい癖に食い意地は人一倍だからな」 


 かなめはそう言うと手を振るスクール水着の少女と少女らしきものに手を振った。

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