第二十章 緊張感の無い人々
第100話 最後の食事
朝食時。食堂は各部署の隊員が混ざり合い、混雑しているように見えた。事実、食券の自販機の前では整備班員達が談笑しながら順番を待っている。
「よう!神前」
茫然と立ち尽くしていた誠に声をかけてきたのは島田だった。この所、05式の調整にかかりっきりだった彼をしばらくぶりに見て、誠は少し安心した。
「島田先輩。それにしても混んでますね」
「まあな。たぶん安心して飯が食える最後の時間になりそうだからな。最後の飯がレーションなんて言うのはいただけないんだろ?」
そう言うと島田は特盛牛丼のボタンを押す。
「奢るけど、神前は何にする?」
「いいんですか?それじゃあカツカレーで」
食券を受け取り、厨房の前のカウンターに向かう長蛇の列の後ろに付いた。
「しかし、ようやく様になってきたらしいじゃないか。模擬戦」
島田は笑顔で誠に話を振る。その言葉に自然と誠の頬は緩む。
「許大佐から聞いたんですか?様になったと言ってもただ撃墜される時間が延びただけですよ」
「謙遜するなって。どうせ近藤一派の機体は、旧式を馬鹿みたいに火力を上げただけの火龍だ。観測機でも上げてこない限り05(まるご)の敵じゃないよ」
列はいつになくゆっくりと進む。食堂で思い思いに談笑し、食事を頬張る隊員達もいつになくリラックスしている。
「でも、大したものですねうちは、戦闘宙域まで数時間と言う所でこんなにリラックスできるなんて」
誠のその言葉に島田は怪訝な顔をした。
「そうか?俺もここには設立以来からだけど、いつもこんなもんだぜ。まあ、東和軍はここ二百年も戦争やってない軍隊だから、緊張感とか無理に作らなきゃ出ないもんだがな。それとも幹部候補生は見る目が違うのかな」
皮肉めいた調子で島田は話す。島田は技術系の専門職の下士官で、東和軍でも比較的出世が遅いコースである。遼北の技術士官の出世頭、明華には比べるまでも無いが、ゲルパルトの技術系士官コースのヨハンより格下の曹長である。一応少尉扱いの誠を嫉妬するのもうなづけた。
「幹部候補と言っても出世コースに乗ってる連中は軍学校から本部詰めの後、地方を回るコースを取れる人間の話ですよ。僕みたいに一般大学卒でいきなり出向ってのは縁が無いですよ出世なんて」
「確かに。お前が出世するとこは想像できないしな。でも実戦で手柄立てればいいんじゃないのか?東和軍ではせいぜい紛争地帯で白塗りの機体をバリケード代わりにして、突っ立ってるくらいしか出番ないし」
「どうですかね」
誠は思わず苦笑いを浮かべる。
「汁ダク、ねぎダクでお願い!」
カウンターに到着すると島田は牛丼の食券を差し出して炊事班にそう告げた。
「こっちは福神漬け倍で」
つい誠もいらない競争心を発揮する。
「はい特盛牛丼、汁ダク、ねぎダク。それにカツカレーお待ち!」
島田はドンブリを、誠はトレーにカレーの入った皿を載せて空席を探した。
「正人!こっちあいてるよ!誠ちゃんもこっち来なよ」
遠くで燃えるような赤い髪が目立つショートヘアの女性士官が手を振っている。隣はピンク色のロングヘアの女性士官が、突っ伏している紺色の髪の女性士官に何か話しているのが見える。
「サラ!サンクス!神前。ついて来い」
島田に導かれ、誠はまっすぐにサラ、パーラ、そしてどう見ても二日酔いのアイシャの待つテーブルへ向かった。
「正人!久しぶりね。どうなってるのかしら?整備班の方は」
甘えるような調子でサラは赤い髪をかきあげる。
「まあ誰かさんの模擬戦に付き合って殆ど仕切っていないとは言え、あの許明華大佐の部下だぜ俺は。機体は完璧に仕上がってるよ。まあどう使うかは機動部隊のお仕事だからな」
島田はあまりにも自然にサラの隣に腰をかけながら誠の方を見つめてくる。
「はい、がんばります。西園寺さんやカウラさんがフォローしてくれればどうにかなると思いますよ」
「どうにかなるじゃ困るんだよなあ。一応、俺がお前さんの機体動作パターンを練り直して調整に調整を重ねた機体だぜ?少なくとも三機は落とせ」
島田は口にくわえた割り箸を割りながらそう言った。
「無理ね……」
ふっと、紺色の髪をなびかせて突っ伏していたアイシャが起き上がる。それだけ言うと目の前にあった梅茶漬けをかきこみ始める。
「そんなこと無いんじゃないの?確かに荒削りだけど、反応速度や索敵能力は05のパイロット向きだと思うわよ。後は細かい状況判断能力だけど、これは実戦で経験を積むしかないわね」
いつものシミュレーションの時と同じく、比較的評価の甘いパーラは誠を励ます。
「一応、最終調整だけど、誠向けに比較的ピーキーにセッティングしてあるから、かなり抑え気味に乗ってくれると結果は出せそうだな」
島田は牛丼をかき混ぜつつそう言った。
「そうですか」
カレーを口に運びながらも誠は明らかにブルーなアイシャの様子が気になっていた。
「正人。そんなにぐちゃぐちゃにしたら不味そうじゃない!」
「別に俺が食うんだからいいんだよ!それと神前。最後に乗ったシミュレーターの操縦感覚、覚えてるか?」
サラの注意をさえぎるように、そこまで言ってから島田はようやく牛丼を口に運ぶ。
「これまでより遊びが少なかったですね。でもまああれくらいの方が僕は操縦しやすいです」
「さすがウチの大将の指示は的確だね。神前は理系の癖に勘や感覚で機体を運用するタイプって言ってたが、まさにそんな感じだな」
「凄いのね、神前君て。アイシャも何度か落とされたんでしょ?」
サラが青い顔をしたアイシャに話を振る。ようやく梅茶漬けを食べ終わった彼女は、何をするわけでもなく目の前の空間に視線を走らせていた。
「お茶漬けってさ」
突然アイシャが話し出す。
「整備班の酔っ払い連が食べるものだと思ってたけど、こうして二日酔いの状態で食べると……美味しいのねえ」
「はあ?」
そう話しかけられても誠は対処に困った。
「あのー、大丈夫ですか」
「何とかねえ。梅干美味しいわ」
アイシャは残った大き目の梅干を頬張る。
「本当に大丈夫?昨日、かなめが連れてきた時は本当にびっくりしたけど。結構疲れてたからかしら」
パーラが心配そうにアイシャを諭す。確かに昨日はアイシャは二杯程度しか飲んでいなかった割にはきつそうにしていた。
「まあいいわ。……私先行くわ」
そう言うとアイシャはよろよろと立ち上がって茶碗を洗い場に持って行った。
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