第73話 誘いに乗る義士達
誠はかなめのいるだろう待機室に急いだ。走っている間もすれ違う隊員の表情はどれも険しい。そのまま食堂を通り過ぎて隣の待機室を覗き込む。
そこにかなめはいた。カウラとシャムも眼に入ったが、ランと吉田は嵯峨に呼び出されているのか、その姿は無かった。かなめは上半身をブレザーの勤務服から黒のタンクトップに着替えていた。その手にあるグラスにはたぶんラム酒と思われる物が入っている。
カウラは机の上の書類に目を通しながら、何か言いたげな視線をかなめに向かって投げかけるが、かなめはまるでそれを面白がるような笑みを浮かべてグラスを進めていた。
シャムはソファーに寝転がって漫画を読んでいる。そしてたまに腹を抱えて笑ったりしていた。
「西園寺さん?」
「なんだよ。テメエまでカウラみたいに『待機任務中でしょ!酒は禁止!』なんて言い出すんじゃないよな?」
先手を打たれて誠は押し黙った。そして不思議そうに見ていたタレ目が誠の落ち込んだような表情を見つめるとやわらかい微笑みに変わった。
「なんだ?別件か。別に暇だから聞いてやるよ」
かなめはグラスを置いて、その手で目の前の椅子に座るように合図する。
誠は立っているわけにも行かないと気づいて、そこにあった壊れそうなパイプ椅子に腰掛けた。
「出港が早まった件ですけど、何か心当たりはありますか?」
「なんだ、そんなことかよ。さっきまでマリアや明華の姐御といたんだろ?正確な状況ならあっちの方がよく知ってると思うぞ」
そう言うとかなめはまたグラスに手を伸ばした。
「本間司令が近藤中佐に出頭命令を出したということは聞きました。それと、もし近藤中佐が拒否して篭城と言うことになれば、胡州でクーデターが起きる可能性もあるって……」
「ったく明華の姐御も心配性だなあ!まあそう簡単にはクーデターをやろうなんて無理だろうな。近藤の馬鹿野郎の関係する組織は非公然、公然問わず特務憲兵隊の内偵が進んでいるし、現在、帝都に一番近い加茂野宇宙港には、オヤジの右腕の赤松中将の第三艦隊が鎮座しているんだぜ?それこそ下手に動けば自分の首が飛ぶ状況だ」
「ああそう言う状況なんですか」
誠はかなめの希望的観測に大きく安堵の息をつく。だが、そこでいつものかなめらしいサディスティックな表情が浮かぶ。
「だが神前の、安心はしない方がいいな。近藤のおっさんが籠城を決めて長期戦になれば第六艦隊が直々に動き出すことになるだろうし、そんな状況をアメリカ海兵隊なんかの外野連中が見逃すわけもない。第六艦隊の急な展開に呼応して遼南や遼北、西モスレムがアステロイドベルトの胡州の領域へ進行するとなれば自然と状況は官派の望んだ状況になる。『胡州の生命線』と奴等が呼んでる領域への他国の進出は、世論を反同盟活動に持っていくことになるだろうからな」
そう言うとかなめは、グラスに半分ほど残っていたラムを飲み干した。
「飲みすぎだぞ!西園寺!」
かなめが空になったグラスにラムを注ぐのを見て、ついに我慢できなくなったカウラが叫んだ。
「だからオメエは駄目なんだよ、カウラちゃん。今の所この船は『武装艦艇』扱いだ。法律じゃあ『武装艦艇』の空間跳躍航法はアステロイドベルトの外に出なけりゃ出来ねえんだぜ?まあ、目的地に着くまでこうやってのんびりリラックスしてないと疲れるだけだぞ」
「しかし……」
カウラは食い下がろうと立ち上がった。困ったようなカウラの表情に誠も同情を向けていた。その時扉を開けて入ってきたランと吉田を見て、カウラはとりあえず落ち着いたように腰を下ろした。
「喧嘩か?とりあえず今はやめとけ」
ランはにらみ合うかなめとカウラの間に割って入った。
「かなめの、酒ならハンガーでいくらでも飲めるぞ。オヤッサンがちゃんちゃん焼きの準備が出来たから来いってよ。早やくしろ」
「ご馳走?ねえそれってご馳走?」
シャムが眼を輝かせながら吉田に尋ねる。
「旬の沖取り鮭がメインだって言うからそうなんじゃねえのか?」
「おい、チビ中!酒飲めるってホントか?朝まで飲んでも何も言わねえな?」
「西園寺!貴様朝まで飲むつもりなのか?」
シャム、かなめ、カウラが一斉に話し掛けてきたため、うんざりした顔でランは誠の顔を見た。
「あの、いいですか?」
誠はおずおずと手を挙げる。
「何だ?」
「一応待機状態ですよね?今は……」
「それがどうした?」
ランはまったく理解できないという風に誠の顔を穴が開きそうなほど凝視する。
「そんな時に飲み会って……」
「まあ……なんだ。ばれなきゃいーんだよ。ここはそういうところで、それがアタシ等の流儀なんだ。まあ郷に入ればなんとやらと言うこった」
「はあ……」
誠は釈然としないまま飛び出していくシャムの後に続いた。
それを捕まえようと走り出した吉田が不意に止まった。
何かを確認するように天井を見上げた後、低い笑い声を立てて笑い始めた。
「気持ちの悪い奴だな。なんかあったのか?」
「大丈夫?俊平?」
あまり気持ちのよくない笑い声を立てる吉田に、ランとシャムが話しかけた。
「また馬鹿が動いたぜ」
全員の空気が固まる。
堂々と酒が飲めると沸き立っていたかなめの瞳が鋭くなったのが誠にも分かった。
「どこが動いた?」
敵を目の前にしたときのように、かなめの口調は明らかに厳しい。
「特務憲兵隊。隊長に言われて軍幹部と近藤中佐の愉快な世間話をリークしてやったら、早速海軍軍本部
付きの将官三名をしょっ引いたってよ。まったくオヤッサンの下にいると退屈しないぜ」
「オメーがリークした通信は証拠性はあるのか?」
真剣な口調でランが詰問する。
「まあ軍法会議での証拠にするには難しいだろうな、あんな通信なんか俺ならいくらでも捏造できるぜ。まあ憲兵隊のかぼちゃ頭は3週間の拘留期間中にゲロさせるつもりだろうが、そんなにうまく行くわけねえよ」
吉田は他人事のように話す。
その口元の笑みはどこから来るのか、冷や汗をかきながら誠はそう思った。
「叔父貴の奴、篩(ふるい)にかけるつもりか?」
相変わらず殺気を帯びた態度でかなめがそう言う。
「憲兵隊が動いたと知れば、小心者は身を引く。そして度胸のある奴は事を起こす。そしてそうなれば正式な出動命令が我々に下る。隊長の狙いはそこか?」
それまで黙っていたカウラが口を開いた。
吉田は否定も肯定もせずハンガーとは反対の船尾に向かって歩き始めた。
「じゃあ俺は冷蔵庫に寄ってくから、よろしくね」
「コンピュータ室かよ。まあテメエの分はアタシが食っといてやるからがんばれや」
去っていく吉田にかなめはそう語りかけた。
「酒だ!酒だ!酒だ!」
かなめはそう言いながら吉田のことを気にしているシャムを連れてハンガーへ向かって走り始めた。
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