第33話 一件落着
肩で息をしていた誠の耳に思いもかけない足音が響いて誠は銃を向けた。誠の拳銃はすでに全弾撃ち尽くしてスライドが開いていた。震える銃口の先にはアサルトライフルを構えているカウラの姿があった。
「神前少尉……無事なようだな、西園寺!」
銃口を下げて中腰で進んでくるカウラが叫んだ。
その後ろからは抜刀したシャム、拳銃を手にしたランが階段を上ってきた。
「誠ちゃん、大丈夫?かなめちゃんに虐められたりしなかった?」
短剣を鞘に収めたシャムがしゃがみこんで銃を構えたまま固まっている誠の肩を叩く。
「何言ってんだよシャム!アタシは戦場の流儀って奴を懇切・丁寧に教えてやったんだよ!なあ!神前!」
かなめの言葉を聞きながらランとシャムが手を伸ばすが誠は足がすくんで立ち上がれない。
誠には周りの言葉が他人事のように感じられていた。緊張の糸が切れてただ視界の中で動き回るシャムとランを呆然と見つめていた。
「無事だったのが一番だ。まー肩を貸すのが必要な程度には消耗しているように見えっけどな」
ランが銃をホルスターにしまって誠に手を伸ばす。その声で誠はようやく意識を自分の手に取り戻した。顔の周りの筋肉が硬直して口元が不自然に曲がっていることが気になった。
誠の手にはまだ拳銃が握られている。
その手をランの一回り小さな手がつかんで指の力を抜かせて拳銃を引き剥がした。
「大丈夫か?コイツ」
誠の背後でかなめの声が聞こえる。次第にはっきりとしていく意識の中、誠はようやくランの伸ばした手を握って立ち上がろうと震える足に力を込めた。
「それにしても、ずいぶんと早ええんじゃねえか?この役立たずの素性がばれるには少しくらい時間がかかると思ったが」
かなめは箱から出したタバコに手をかけながらそう言って見せた。誠は何のことだか分からず、ただ呆然と渡されたジッポでかなめのタバコに火を点す。
『ああ、神前の素性か?嵯峨の旦那に頼まれて俺が一通りリークして回ったからそのせいかな?』
イヤホンから吉田のやる気のなさそうな声が響いた。
「叔父貴の奴……ったく何考えてるんだ?」
かなめは吐き捨てるようにそう言うとタバコの煙をわざと誠に向けて吐き出した。誠はその煙を吸い込んで咳き込む。
「あのー、僕の素性って?」
誠はたまらず上層部の意向を一番知っていそうなランにそう尋ねた。
「ノーコメント」
ランは生存者がいないか散らかった雑居ビルの壁の割れ目などをのぞきながら、わざと誠から眼を逸らすようにしてそう答えた。
「アタシもノーコメント。ああ、シャムに聞いても無駄だぜ。こいつは何も分からんから」
そう言うとかなめはタバコを口にくわえて誠から目を反らした。
「酷いんだ!かなめちゃん!アタシだって知ってることはあるよ!」
「じゃあ言って見ろ」
そう言うと、かなめはわざと大げさに煙を天井に吹きかける。シャムは必死に記憶をたどりながら抜き身の短刀を振り回した。誠はそれを避けながらシャムに淡い期待をかけた。
「誠ちゃんはね。絵が上手いんだよ!」
誠の硬直していた体の筋肉がシャムのまるで期待しなかった回答に緩んだ。
「それで?」
今にも笑い転げそうな表情に変わったかなめがシャムの真剣な顔をまじまじと見つめる。
「左利きで、野球はピッチャーやってた」
シャムは頭をひねりながら言葉を続けた。
「だから?」
「とにかく凄いんだよ!」
シャムはばたばたと手を振り回してアピールする。誠は彼女に期待した自分を恥じた。
「あっそう」
全く取り合わないかなめにシャムが頬を膨らまして不貞腐れて見せる、かなめは何事も無かったかのようにタバコを燻らせていた。
「まあ、お前さんの知らないお前さんの素性はそのうち嫌でも分かるだろって、叔父貴はどうしてるんだ?でく人形」
シャムの顔を見ながらかなめはこの場にいない吉田を怒鳴りつける。
『嵯峨の旦那ならアイシャとブリッジの連中、それとマリア・シュバーキナ大尉殿以下警備部の面々を連れて、こいつ等のクライアントのところにご挨拶に行ってるよ。まあダンビラ抱えて出かけてったから、もしかしたら今ぐらいの時間にはそいつの首でも挙げてるんじゃねえのか?』
吉田はそう無責任に答える。
「長船兼光……引っ張り出したんですか?」
嵯峨の愛刀『長船兼光』。誠は師範代としての嵯峨のことを思い出した。幼いころ、試し斬りで何度と無く愛刀を振るって蝋燭や藁人形を斬ってみせる彼の姿は誠の憧れだった。
『まあ、連中も馬鹿じゃねえだろ。穏便に済むよ。ダンビラ抱えてる隊長に喧嘩を売るような酔狂な奴は俺くらいだ』
吉田はそう誇らしげに言った。
かつての嵯峨の剣先の鋭さを子供ながらに覚えている誠は、少しばかり納得した。
誠は再び自分の手の中の拳銃を見た。そして周りのチンピラの死体を見て思わず意識が薄くなっていく。そして思わず銃を取り落とした。
「神前少尉。そう簡単に銃は落とすな、暴発の危険がある」
カウラが優しい調子で落ちた拳銃を拾い上げて誠に渡す。
「申し訳ありません」
ようやく体が動くようになった誠は立ち上がった。
「とりあえず下に降りるか」
カウラの言葉にかなめもシャムもランも納得したように狭い雑居ビルの階段を降り始めた。
誠もその後に続いて階段を下りる。
先ほどまで恐怖と混乱で動かなかった体が、思いもかけないほど自由に動くのを感じて誠はほっとした。
「なんだ、泣いたカラスがもう笑ってやがる」
タバコを投げ捨ててもみ消したかなめがそう言って笑った。
「これがはじめての命のやり取りだ。正気でいられるのは私のようにそのために作られた人間くらいだ」
カウラはそう言うと踊り場に倒れている死体をよけながら一階に向かう階段を降りる。そんなカウラの態度が気に入らないと言うようにかなめは目を反らした。
「お疲れさんだな」
雑居ビルから外の熱気の中に出た五人を巨大なアンチマテリアルライフル、ゲパードM3を背負った吉田が迎えた。誠はようやく自分が生きていることを実感して大きく深呼吸をした。
「助かったんですね……」
誠は大きなため息をつくと自分に言い聞かせるように改めてそう言った。
「そうだな。礼が欲しいな」
かなめは再びタバコを取り出しながらそのタレ目で誠をにらんだ。
「何が……」
「オメエにゃ期待してねえよ。まあ、しょんべんちびらなかったのは褒めてやるがな」
皮肉を込めたかなめの言葉に誠はただ黙り込むばかりだった。
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