第4話 畑とエース達

 複雑に入り組んだツツジの生垣を抜けた先で、誠の視界が広がった。


「それにしても……」


 誠は周りを見る余裕が出来て、つい言葉が出てしまった。


 一面に広がるトウモロコシ畑。そしてどこからか羊の鳴き声まで聞こえる。先ほどの生垣はこれを部外者の目から守るためだったんじゃないかと疑いたくもなる光景だった。


「ああこれか?これはシャムの奴の菜園だ。それに羊とか山羊とかいろいろ飼ってる」


 そんなランの当たり前のように放たれた言葉を聞いて、誠は不安に襲われて立ち止まった。ただ呆れながら畑を眺める誠に、ランは引きつった笑みを浮かべながら説明を始めた。


「うちの部隊のトップエースのシャム……いや、ナンバルゲニア・シャムラード中尉は遼南の農業高校の出身なんだ。それにもともと遼南山岳少数民族の出身だから農作業は得意なんだ。それにこんだけの土地、遊ばせとくにはもったいないだろ?」


『……やはりこの人も毒されているよ。軍の施設のほとんど私的流用じゃないか。何を考えているんだ師範代は……』


 あのちゃらんぽらんな師範代、嵯峨惟基を知っているだけに、誠の不安がさらに増していく。


「ランちゃんー!」


 とうもろこし畑の中、ランより少し年上に見えるこれも小学生くらいの少女が手を振っていた。


「噂をすれば影だな。あれが『クローム・ナイト』の二つ名を持つ遼南内戦のトップエース、ナンバルゲニア・シャムラード中尉だ」


 ランの紹介に誠の思考が一瞬停止した。


 目の前にいる少女はどう見ても小学校5年生くらいにしか見えない。近づけば確かに着ているのは小学校の制服などではなく、東和陸軍と共通の薄い灰色の司法局の夏季勤務制服である。胸にパイロット章とレンジャー特技章が見え、さらに襟の階級章は中尉のものだ。


「あー!この人あたしのこと小学生だと思ってるんだ!」


 シャムは誠を指差してそう叫ぶ。ランにしてもシャムにしても一体年はいくつなのか?誠の頭の中が疑問で膨れ上がっていく中、思わず自分が敬礼を忘れていたことを思い出して、とってつけたように敬礼した。


「そりゃあそうだろうよ。お前の格好見て通学途中の小学生と区別がつく奴がいるものか」


 とうもろこしの垣根の向こうから、東和軍には似つかわしくない夏服の胸のボタンを三つも開けたサングラスの男が現れた。東和陸軍官品作業服を着ていなければ、ただのチンピラにしか見えなかっただろう。襟の略称は少佐だった。ここで誠は思わず荷物を捨てて直立不動の姿勢をとってから敬礼した。


「おいおい、ここをどこだと思ってんだ?そんなことやってると、隊長に野暮だねえって笑われるぜ。クバルカ中佐。紹介、お願い」


「こいつが実働部隊第一小隊の吉田俊平少佐。お前も聞いたことがあるだろうが、電子戦で右に出るものはいないということになっている、ちょっとは名の知れた奴だ」


「『ちょっと』はねえ……『かなり』に訂正してもらえます?」


 吉田俊平少佐。誠も入隊訓練の座学の授業で何回か聞いたことがある名前だった。確か、前線でのジャミングやハッキングの重要性を教える講座で、高い戦果を挙げた傭兵として挙げられた名前が『吉田俊平』だったと誠は記憶していた。


 遼南のエース、高名な傭兵。そんな凄腕がいる部隊になんで自分が誘われたのか。それが分からず誠はただ立ち尽くしていた。


「おい新入り!さっさとそこの『ネコ』押してハンガー行くぞ!」


 投げやりな調子の吉田の言葉で、誠は我にかえった。


「猫?」


 茫然と聞き返す誠に吉田は呆れたように説明を始めた。


「……ったく幹部候補生上がりのボンボンはそんなことも知らんのか?一輪車だよ。そこにとうもろこし積んだのが置いてあるだろ?それとも何か?東和の幹部候補生は先任の上官に仕事を押し付けるように教育されているのか?」


 吉田の隣でシャムが大きくうなづいている。助けを求めるように誠が振り向いた先ではランもそれが当然だと言う顔で誠の顔を見ていた。


「了解しました。ですが……」


 誠は足元の大荷物に目を降ろした。


「荷物だろ?シャム!荷物を持ってやれ。ロッカーとかはちゃんと用意が出来てるはずだからな」


「えー!あたしが持つのー?俊平が言い出したんだから俊平が持てばいいじゃん」


 シャムは頬を膨らまして子供のように抗議する。そんなシャムにわざと中腰になって吉田は言葉を続けた。


「つべこべ言うな!上官命令だ。それと『正義の味方』は人の役に立たないといけないんだぞ!」


 『正義の味方』と言う言葉を聞くと、急にシャムの瞳が生き生きと輝き始めた。


「わかったよ!」


 シャムはちょこまかと誠のうしろに回り込むと、その小柄な体に似つかわしくない強い力で荷物を軽々と担ぎ上げた。


「すいませんが、クバルカ中佐。そこにシャムのバイクが置いてあるからひとっ走り行って、隊長にお客さんが到着したと伝えてきてくれませんか?新入りは自分が案内しますから」


「わかった。それにしても今年の作柄はよさそうだな」


 ランは緑が続くとうもろこし畑を眺めていた。風は穏やかに葉のこすれあう音が響いている。


「うんしょっと!去年は土作りで終わっちゃったから、今年はいけると思ってたんだ!また来年は何を作るか今から楽しみなんだけど」


 シャムはふた周りも大柄な誠が持っていた荷物を軽々と背負いながらそうつぶやいた。


「じゃあ神前の案内を頼む」 


 そう言い残してランはシャムのどこから見ても子供用のバイクにまたがると、そのまま農道となっているわだちを進んでとうもろこしの林の中に消えていった。


「しかし君が神前か。あのおっさんから話は聞いてるよ。何でも実家は剣道の道場やってて、そこじゃあそれなりの腕前だったんだって?」


 吉田は明るく誠に話しかけた。


「まあ、それほどでも……」


 天真爛漫とした吉田の言葉に、誠はこれから配属される部隊のイメージを頭の中で明るいものに書き換えようとした。


「謙遜することは無いよ。まあうちの第一小隊は、クバルカ中佐やシャムみたいに、格闘戦が馬鹿みたいに強いのが控えてるからな。その点お前さんが配属になる第二小隊は、接近戦に難があるからいい戦力になりそうだ」


「そうですか」


 誠はにこやかに笑いながら速足で歩き続ける吉田の後ろを思い一輪車を押しながらなんとかバランスを保ちつつ歩き続けた。

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