黄金卿の章―― 右腕狩りの男 其の④

「キェェェェェ。くたばりやがれ、このクソ野郎ッ!」


  一番近くにいた爬虫類面のガリ男――命名ガリトカゲ――が奇声を発しながら、両手に持ったナイフでザッシュに切りかかる。

 刹那、それを容易くかわしたザッシュは、ガリトカゲのナイフを両腕ごと斬り飛ばし、茫然としているその首を薙いだ。ガリトカゲの首はポカンとした表情を浮かべたまま、数秒宙を舞った後、テーブル横の樽へポトンと音を立てて水没した。


 「さて……と。次に自分の首無し胴体を拝みたい奴は誰だ?」

 

 ザッシュは穢れた血を吸った自身の『右腕』をガリトカゲだったモノの衣服で拭った。そんな隙だらけの彼にゴロツキ共の剣戟の嵐が降る。


 「おいおい、人がお手入れしている時に攻撃してくるのは野暮ってもんだろ?」


             ◇『陀河蟆タガメ

 

 ザッシュの右腕の刀身がギリギリと音を立てて扇状に変化していく。彼の腕の形態モードは色々あるが、この形が一番防御に適している。


 ――ガギィィィーン――といくつもの金属がぶつかり合う音が辺りに響き渡る。やがてその音は――パキィーン――という鈍いものへと変わっていった。ザッシュの右腕がゴロツキ共の武器を打ち砕いたのだ。


 「何ィ?なんて硬さだ!」「まるで、ダイヤモンドじゃねぇか!」


 「――はっ、脆いな。飾りかよてめぇらのそれは。たかが右腕一つ破壊できないとは情けないねェ……ほら喰らっとけよ、こいつが『本物』の威力ってやつだ」


            ◇『鋸天牛ノコギリカミキリ』◇


 ザッシュは口元を邪悪に歪ませながら『右腕』を天に翳す。すると右腕はけたたましい轟音と共に『陀河蟆タガメ』――扇状の盾の形態から今度は巨大な一本の鋸刀――『鋸天牛ノコギリカミキリ』へと姿を変えた。そのまま右腕を横一文字でゴロツキ共を一閃する。

 ゴロツキ共の体は爆風に巻き込まれたかのように、体をバラバラにさせながら部屋の奥へと吹き飛んでいった。

 

 (やれやれ。後は一人だけだな)


 ザッシュは面倒くさそうに刀身にこびり付いた血液を振り払うため虚空を薙いだ。

 そして、部屋の奥でガタガタと震えている、ゴロツキ共のボス猿へと視線を移す。


 「――く、来るな。来るんじゃねぇッ!来たらこのガキの命はねぇぞ。嘘じゃねぇぞコラァァ!」


 よく見ると、肩を竦めたアリスがボス猿にナイフを突きつけられていた。俗にいう人質というやつだ。


 (あのバカ。どさくさに紛れて逃げたんじゃなかったのか。クソ、人が折角注意を引き付けたというのに。なんて世話の焼ける奴だ)

 

 ザッシュは本日何度目かの悪態を心内で付いた。


 「――おい、あんた。そのアホから手を放しな。今なら右腕一本で勘弁してやるから」


 「ふざけるなぁ!何が右腕一本だ。結局容赦ねぇじゃねぇか。いいか、そこを動くんじゃねぇ。動いたらどうなるか――ウェ!?」


 「……うるせぇよ。オレに指図するんじゃねぇ」


           ◇『刃那蜂ハナバチ


 


 ザッシュは往々と悪態を付くとブーツが汚れるのを恐れて、なるべく死体を踏まないように慎重にアリスの元へと向かう。とりあえず、こいつには一言言わないと気が済まない。ザッシュの中で呆れが怒りにシフトチェンジしそうになっていた。


 少し驚いたことに、普通の人間からしたら発狂する様な以上な光景の中で、アリスは心底眠たそうに大きな欠伸をしていた。そんな様子にザッシュは怒りを通り越して思わず笑みを受かべていた。


 (相変わらずゾウよりも図太い小娘だ。いや、違うか。ただ感覚がズレてやがるんだ。このオレの様にな。ははっ。全く感心するぜ)


 「――お、そ、い、で、す、よ。ザッシュさん。あまりに助けるのが遅いんで思わず欠伸がでましたよ。ふぁはぁぁ」


 「話しながら欠伸してんじゃねぇ。色々言いてぇことはあるが一先ずここから出るぞ。外に逃げてった連中が厄介な奴らを連れてくる前にな」


 ザッシュはそう言いながら、賭博場の出口を目指して駆け出す。するとアリスはいまいち状況を飲み込めていないのか


 「厄介な奴ら? 何です? それ」


 と頭を横に傾けキョトンとした表情を浮かべた。


 「――まだ、お尋ね者にはなりたかないだろ?」


 ザッシュの一言で納得したのか、アリスは「なるほど」と左手で右手をポンと叩いた。

 

 かくして、ザッシュ達は賭博場を脱出した。後ろの方で先ほどの嬢が声を荒げて何かを叫んでいたが、彼らに知る由はなかった。

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