黄金卿の章―― 右腕狩りの男 其の②
「ここが、ドブネズミ君の言っていた賭博場か。ほう、どれどれ……中は結構立派じゃねぇか。煌びやかで反吐がでるぜ」
時刻はもうすぐ逢魔が時を超えようとしている。ザッシュは先ほど殺害したドブネズミ面の盗賊より聞き出した賭博場『レイニー・ゾーン』の前に来ていた。
寂れた街の中心に鎮座した豪奢なこの建物は明らかに周囲と比べ異彩を放っており、明らかに危険な香を醸し出している。
ザッシュはこの場所に懐かしさにも似た高揚感を覚えていた。かつて激戦区で戦っていた彼にとっては何度も味わった空気であり、そんな場所に身を置くことは日常茶飯事だった。――同じ匂いがこの賭博場からはした。
(おっと、先ずは奴が死に際に吐いた『デップ』とかいう
ザッシュは、右腕を目立たない様に羽織ったコートで隠し、興味がまるでない様なポーカーフェイスをぶら下げて、賭博場の中を一瞥する。
中は思ったよりも広く、ルーレットにスロット……そしてポーカー。パッと見たところは普通の賭博場の様に感じた。
しかし、天井に浮かぶ
(成金趣味か。くだらねぇな)
ザッシュは咽返るようなアルコールと香水の匂いに顔を顰めながら、近くでカクテルを作っている娼婦もどきの赤髪美女に声をかける。
「よう、嬢ちゃん。一杯飲みたいんだが、適当に作ってくれないか。……あー、言い忘れたがオレは甘党でね。最高にイケるやつで頼むぜ」
右手でグラスを傾けるジェスチャーを行いながら、さり気なく女にチップを渡す。女はザッシュの錆色に鈍く光る異形の腕を見て、表情を一瞬歪めたが、すぐに顔色を戻すと人が良さそうな笑顔でそれを受け取った。
「なぁ、嬢ちゃん。ここに『デップ』って男はよく来るのかい?その男にちょっとした用があるんだが、あいにく顔も分からなくてね。もし知っていたら教えてくれると助かる」
ザッシュは女が作った
ここで働いている者なら、良く来る客の一人や二人覚えているだろう。それに『賭博荒らしの道化師』なんてはた迷惑かつ特徴的な異名を持ってる奴ならなおさらだ。ザッシュはそう考えた。
「……あいつは――」
赤髪の女が口を開きかけた時、隣でテンポよくシェイカーを振っていたバーテンダーの女が変わりに答えた。
「……はぁ。あのクズ野郎今度は何やらかしたの?あいつならもう来ないよ。なんせウチの上客に喧嘩売っちゃったんだからね。みんなで半殺しにしてやったわ。あんなゴミクズ、出禁よ出禁。今頃、荒野の果てでハゲタカ共の餌食にでもなってんじゃないかしら」
「……うん、そんなところね」
二人から露骨に悪態が出るあたり、相当嫌われていたみてぇだなとザッシュは内心で皮肉な笑みを浮かべた。
そんな奴が今日まで賭博場に出入りできていたのも、『
「そうか。そいつは災難だったな。ならデップの外見的特徴だけでも教えてくれないか。それと他に奴が行きそうな場所とか」
「そうねー……例えば――」 「――キャー!誰か助けてぇー!」
嬢が続きを言いかけた時、離れでベタな悲鳴が聞こえてきた。
「どうやら向こうが少し騒がしいようだ。一瞬で片づけてくるからその先は後で頼む」
「ええ、待ってるわ。あなたみたいなガタイのいい男、凄く素敵だから『お楽しみ』の後でたっぷり教えてあ・げ・る♡」
ザッシュは嬢の魅惑的なウインクにグッドサインで答え、その悲鳴の主の元へ向かった。
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