第20話 開会式

 開会式が間近に迫ったある日。『月刊高校野球 神奈川大会完全ガイド』という野球雑誌の増刊号である神奈川県版を亜梨紗が持って来ていたので、全員一緒に読む事になった。


「あ、私達も載ってる!」

「殆ど、飛鳥、澪、千尋の三人で埋まっているけどね」


 増刊号では一冊丸々高校の紹介がされており、亜梨紗は鎌倉学館の紹介が一ページに渡って記載されている事に興奮する。他の普通の高校などは大体半ページ程で済まされているので、期待度、注目度が若干高い?と思われる。


 写真は以前撮ったユニフォーム姿での集合写真が掲載されており、その下には注目選手について詳細情報が載っている。詳細情報は、飛鳥についてが四割を占めており、澪は三割、千尋には二割で、チームについては一割という配分になっていた。仕方ないとは言え、恵李華の指摘通り随分と偏った配分である。


「・・・・・・こうして経歴を見ると、何で三人は鎌倉学館うちに来たんだって改めて思うな」


 事実三人が鎌倉学館に入学したのは奇跡みたいなものなので、涼の素直な感想に全員が同意を示す。


 その後、月刊高校野球神奈川大会完全ガイドのページを捲っていくと、順当に行けば四回戦で当たる事になる藤院学園の紹介が載っていた。


「うわ、六ページもある」

「流石名門だな。半ページ使われて紹介されている選手が六人もいる」


 エースの投手一人と一番から五番を務める五人の野手だ。


 そんな強豪校を相手に対戦するためには、四回戦まで勝ち進まなくてはならない。だがまずは、一回戦に集中する事だ。


 そして、全日本高校選手権神奈川県大会の開会式の日が訪れる。


◇ ◇ ◇


 全日本高校選手権神奈川県大会の開会式当日。

 鎌倉学館の面々は、開会式が始まるまで時間があるので、しばらく木陰で待機していた。


 野球少女達で溢れ返っている中、チラチラと鎌倉学館の方に視線を送る者がいる。

 飛鳥、澪、千尋の三人の姿を視界に捉えて、本人かチームメイトに尋ねたり、レンとセラの姿に見惚れたり、助っ人だっ! などと言って驚いているのだ。


「やあ、先月ぶりだね」


 木陰で休んでいると、横浜総学館の主将である坂木が野球部の面々を引き連れて現れた。


「ん? 坂木じゃないか」


 涼は声を掛けられて振り返り、互いに挨拶を交わす。


「お互いに対戦するには決勝まで進まなくてはいけないね」

「そうだな」

「また君達とやれるのを楽しみにしているよ」

「こちらこそ。だが、横浜総学館そっちはともかく、鎌倉学館うちが決勝まで進むのは現実的じゃないさ」


 鎌倉学館としてはリベンジしたいのは山々だが、お互いに決勝まで進むのは非常に厳しい問題だ。特に自分達が勝ち進むのは現実的じゃないと、自虐気味に涼は嘆息する。


「そうかな? 案外わからないと思うけど? 少なくとも私達は鎌倉学館の事をダークホースになるかもしれないと、期待しているよ」

「期待に応えられるかはわからんが、粉骨砕身頑張るよ」

「あぁ、お互いにね」


 坂木の言う通り鎌倉学館野球部の面々のポテンシャルは総じて高い。横浜総学館と練習試合をした日から一ヶ月と少ししか経っていないが、その期間で個人としてもチームとしてもどれだけレベルアップしたかによっては、本当にダークホースになる可能性はある。


 そして弱気な事を言う涼だが、始まる前から諦めている訳ではない。当然持てる力を全て出し切って大会に臨むつもりだ。特に自分と春香の二人にとっては高校最後の夏になるので、悔いの残らない時間にしようと心に決めている。


「さて、開会式までまだ時間もあるし、私達も一緒に待たせて貰っても構わないかな?」


 坂木の一声で、鎌倉学館と横浜総学館は一緒に開会式まで待つ事になった。


「しょこたん、しょこたん」

「市ノ瀬さん、どうしたの?」


 両校共に時間を潰す事になったところで、澪が秋本のユニフォームを軽く引っ張り、声を掛ける。


「しょこたん、八番」

「ん? 背番号の事? 背番号ならありがたい事に八番だよ」

「うん。さすが。私は一一番」 


 無事秋本が一桁の背番号を貰った事に嬉しそうに笑みを浮かべる澪は、自分の背番号を見せびらかす。


「お互いに代表の時と同じ背番号だね」


 U―一五日本代表の時とお互いに同じ背番号なのを嬉しそうにしている澪の様子を見て、秋本は微笑みを浮かべる。


「へぇ。二人とも代表の時と同じ背番号なんだね」


 澪と秋本の様子を見ていた亜梨紗が、二人の背番号に視線を交互に向けていた。


「うん。同じ」


 亜梨紗の言葉に、澪は言葉数少な目に答える。亜梨紗が二人の会話に加わったのをきっかけに、他の一年生組も輪に加わり、会話に華を咲かせるのであった。


 しばらくすると入場が始まりそうだったので、チーム全員が整列をして入場準備を行なう。鎌倉学館は五五番なので、入場は前半だ。


 三年生とっては最後の大会が始まる。


◇ ◇ ◇


 寮に戻った後は、一回戦の相手である厚木高校の事を事前に偵察していた瞳が相手校のデータを話す。


「厚木高校のエースは最速一二一キロのフォーシームが武器で、変化球はスライダーとカーブです。制球力はそれほど良くない様です」


 一二〇キロを越える球を投げられるのであれば、普通の高校ならエースになれるレベルだ。制球力がいまいちという事は、四球を選べば大量得点も有り得るだろう。


「打線の方は?」


「レギュラーの中に左打者が三人います。四番の人はそこそこパワーがあるようで、当たれば飛ぶタイプですね。普通の高校なので仕方ないですが、練習スペース自体が狭いので外野の守備力は不明です」


 厚木高校はそこまで運動に対して力を入れている高校ではない。だが、相手はどんな形であれ努力をしてきている。

 油断する事なく、気を引き締めて臨むべきだ。


 開会式の後は一試合だけ行われる。鎌倉学館の一回戦は明日で、同一球場で行う試合では、その日の最後である四試合目だ。


 ミーティングが終わった後はグラウンドで軽く汗を流し、その後は各自、自分なりの調整法で過ごす。


一回戦の先発を務めるのは真希だ。短期間で試合を行うので、投手陣のローテーションは重要だ。基本先発は春香と澪の二本柱だが、一回戦は真希が先発を務める。二回戦からは春香と澪が交互に先発する予定で、エースの春香が対藤院学園時の先発になる様に組んでいる。真希がセットアッパーを兼ねる中継ぎエースで、亜梨紗が二番手の中継ぎだ。そしてクローザーにはレンが控える。


 現在のチームでどれだけやれるのか、一回戦は試金石となる。気を引き締めて臨もう。


 鎌倉学館野球部の暑い夏が始まる。

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