G.B.
笹岡悠起
椿
箱根、椿ラインを3分の2くらい上がったところにある『しとどの窟』で一服を終え、携帯灰皿に吸い殻を入れながら横で一緒に休憩している宗則に声をかける。
「そろそろ一本目行こっか?」
「ニンジャ初だし、ゆっくり目で行くべ」
「うん、アタシ先行するよ」
「気をつけて」
「りょー解!」と言いながらヘルメットを被る。
丁寧に顎ひもを締め、誰もいないのはわかりきっている後ろを確認しながら、くの字に曲げた右足で最小のラインを描いてGPZ900Rの柔らかいシートを跨ぐ。
ライトスイッチがOFFになっていることを確認して、イグニッションをOFFからONに捻りセルボタンを押す。
「キュカカ、キュカ、、、ボッ」
やや湿った重低音が響く。流石に一服程度の時間でかかりが悪くならないとは思うけど、永い眠りから覚ましたばかりなのでまだ油断はできない。
後ろで宗則がCB1100FCのエンジンをかける。
「キュウッ、ッボッ」
やや乾いた重低音、少しセルモーターが辛そうだ。
クラッチレバーを握り、1速に入れる。回転している軸を押さえ込むような嫌な感触とロングストローク。
「ガコッ」
このシフト音が好きだ。如何にも川崎重工の大型車って感じがする。
スルスルっと滑り出すように進みながら一度停車し、下ってくる車両がいないかどうか目と耳で確認して椿ラインを下り始める。
今まで乗っていたニーハンに比べ車体の重さに慣れないけど、その分エンブレも効くし、最初からついていたブレンボのキャリパーは純正品を知らないけど、純正よりは効く気がする。プラシーボってやつ。
初めての下り走行はそれほど違和感なく走れている。やや乗れている。
いつものUターンスポットで転回しようとするが、長い棒がつっかえているイメージ。理想通りにはいかず、一度足をつきヨタヨタと後ろに下がりやっと方向転換が終わる。
後ろを見ると、宗則も丁寧にUターンしている。技術的にはスピンターンとかできそうなもんだけど、宗則なりの美学なのか単にタイヤを擦り減らしたくないだけなのか……。
一度シールドをあげて息を吸い込む。アイドリングの排気音の合間に小鳥のさえずりが聞こえた。
バックミラーで宗則を見る。既にヘルメットの顎を引いているのがわかる。目はきっと三角形になっているだろう。小学校の時に使っていた三角定規、あの二つの内のかっこいい方だ。
こちらもシールドを降ろし顎を引いて上目遣いで最初のコーナーを睨みつける。ゆっくりとクラッチを繋いでアクセルをじわっと開けていく。エンジンの鼓動と音を確かめながら、絞るように。
「ボボボボボ、ボッ」
完全にクラッチを繋いでコーナーめがけてアクセルをワイドめに開ける。
いつも八割で走っているなら七割、そんなことを考えながら全開にしない程度にさらにアクセルを開ける。重い車体が軽く感じる、凄まじいパワー。
最初にしとどの窟まで流した時は感じなかったけど、やっぱり大排気量車のパワーを活かせる登り走行こそ本命じゃないかなって思う。みぞおちの奥の辺りがくすぐったくなる高揚感を抑えきれない。
初めての加速感に慣れずわずかに恐怖心を感じながらも、ワクワク感の方がやや勝っていた。ほんの少しアクセルを戻すタイミングが遅れたのか寝かし込みに移るモーションが遅れたのか、左コーナーを曲がりきれずに一気に反対車線に飛び出す。
無理に曲がろうとすると転けていたし、反対車線までに立て直そうとしてもパニックブレーキで転けていただろう。対向車が来ていなかったことだけが救いだった。
すぐに登り車線に戻り、2〜3コーナーほどやりすごしながら、ドキドキが収まるのを待っていたが、気持ちは既に萎えてしまった。登りのUターンスポットまでそのままのペースで流し、しとどの窟へ戻ることにした。
少し手前で左ウインカーを一回だけ光らして休憩の意志を宗則に伝え休憩に入ろうとしたが、ほんの数メートル進むと、もう気が変わってしまっていた。
宗則にもう一本このまま行く意思を伝える為に右ウインカーをまた一瞬光らす。
なぜ気が変わったのか? その時はわからなかったけど、走り出した次の瞬間にはもうわかっていた。乗れなかった私で今日を終わりたくなかった。
今日は私とGPZの初陣なんだ。
数コーナーを無難にクリアしたあと、恐怖心も高揚感もバランスよくなってきた頃、緩い右コーナーで転んだ。
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