第2話⑨ 桐生千秋のツンデレ古典講座

「それでは、こちらが当店自慢のコーヒーとカフェオレ、チョコレートケーキとチーズケーキでございます」


 俺たちが注文した品を、恭弥はわざとらしい口上を付け加えつつ、テーブルの上にそっと置いた。


「おっ」


 カップ内のコーヒーの表面が、窓から差し込む陽光を吸収したかのように、透明感のある光沢を放つ。

 思っていたよりも本格的なやつだな。ケーキもおそらくは既製品だろうが、チョコソースがたっぷりかかっていてうまそうである。

 桐生も珍しく、瞳をキラキラと輝かせながらスマホを取り出していた。やっぱり女子、甘い物には目がないらしい。……まあ、それは俺もだけど。ただし、陰キャな俺は陽の光を浴びると死んでしまうので、本格的なスイーツ店に入る勇気はないのだが。常に食べるのはコンビニ菓子である。


「ねえ悠君、写メ撮ってもいい? というか撮らない?」

「ん? こっちのチョコケーキも撮影したいってことか? 別に構わないぞ。あと俺はいいから」


 大方インスタにでもアップするんだろう。ちなみに、俺はこのリア充向けSNS(偏見)のアカウントは持っていない。専らツイッター派(ROM専。一度たりともつぶやいたことはない)である。それに、人気のラーメンとかなら俺も写メったりするが、執事喫茶のスイーツなんてさすがにキャラ違いすぎる。下手に保存しようものなら、琴音に「キモッ」と罵倒されるのがオチだ。


 ともかく、俺はコーヒーとケーキを桐生のほうへ気持ち押し出してやった。そして、自分が間違ってもレンズに入り込まないよう身体を引く。俺なんかが写り込んでいたら、せっかくのスイーツ画像が台無しになってしまう。

 

 だが。

 何が不満だったのか、桐生は急にムスッとした表情になり、俺を睨みつけてきた。……おかしいなあ。さっきまでニコニコ顔じゃなかった? 情緒不安定なんかな?


「な、何だよ。その顔は」


 まったくもって意味がわからない。

 俺が桐生の無言の圧にますます萎縮していると、恭弥がやれやれと呆れた溜息を漏らした。


「はあ……しょうがねえな。千秋、ちょっとスマホ貸してみ?」

「…………」


 桐生は無言で俺を視線に捉えたまま、スマホを恭弥に手渡す。それを受け取ったイケメン執事は、なぜか俺たちに向けてレンズを構えた。


「ほれ、二人とも撮るぞ。もっと近寄れ。その距離じゃ入らねえ」

「……はあ? いや何で?」

「仕事の合間にわざわざ注文してくれた特別サービスだ。おとなしく写っとけって」

「いや、答えになってないじゃん……。 それに、どうして俺なんだよ。こういう店なら、写るのはせめて恭弥だろ?」

「俺たち執事の写真撮影は禁止だ。SNSにでもあげられると厄介だし」

「でもだからって……」


「ああ、もう! 相変わらずめんどくさいわね、悠君は! ……このくらいで、ごちゃごちゃ、言わない、の!」


 苛立った様子で立ち上がった桐生は、座っている俺の背後に回るなり、その俺の肩に手を置いてきた。……もとい、グイっと強く押さえつけてきた。


「あいたっ!?」

「ほら、じっとしてて! 恭弥! 撮っていいわよ!」

「その位置取りじゃカップルってより、七五三の親子連れだな。ムードの欠片もねえ」

「よ、余計なことは言わなくていいのよ! そ、そんなんじゃないし!」

「い、痛い痛い!? 肩がっ!? わ、わかったって! おとなしくするから! みんな見てるから!?」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ俺たちに、恭弥はやけに含んだ笑みを浮かべつつ、カシャっと電子シャッターを切った。


 ……そんなこんなで、十数年ぶりに桐生と二人で取った写真が、俺のフォルダにも保存されることになったのだった。

 もちろん、俺たち三人が店内で悪い意味での注目の的になったのは言うまでもなかった。


 

 ×××



「……まったく、見回りするはずの俺たちが騒いでどうすんだよ」

「……ふん、悠君が余計な抵抗をしなければよかっただけよ」

「……俺のせいかよ」


 桐生はつーんと顔をそむける。その態度に俺はしかめっ面をアピールしつつ、ようやくコーヒーに口をつけた。その間、恭弥がずっとニヤケ面をかましているのも腹が立つ。


 ……って、あれ?


「ひょっとしてこれ……ブラックキャットのコーヒーか?」


 聞くと、その男前なウェイターは驚いた顔で頷いた。


「すげー、よくわかったな」

「まあ毎日飲んでるし……。豆を挽いたのもマスターだろ?」


 俺にとっては飲み慣れたブレンドコーヒーだった。ブラックキャットでは、最もオーソドックスで、一番人気のメニューでもある。


「ああ、そうだよ。美夏さんに頼んで少し融通してもらったんだ。もちろん金は払ったぜ。……もらった予算でだけど」

「それを口実にお姉ちゃんに会いたかっただけでしょ? 意外と健気ね。普段はサラリと女子を惑わせてるくせに」

「う、うるさいな。俺は悠斗と違って毎日美夏さんに会えるわけじゃないんだ。それくらいいいだろ?」

「明日は美夏さんも来るって言ってたぞ。まあ、一番のお目当てはエリスの演劇だけど。ここにも顔出すって言ってたし、どうせならその後にでも誘ってみたらどうだ?」


 こいつなら美夏さんも嫌がらんだろう。……もし仮に、彼女が恭弥の気持ちに感づいていたとしても、だ。そのくらい(って言ったら恭弥は怒るだろうが)でいちいち態度や接し方が変わるような人ではない。

 ……ま、鋭いあの人のことだから気づいている可能性は高いし、その後のことまでは責任は持てんが。


「…………」


 俺がそう言うと、なぜか恭弥はふてくされたような表情で俺に視線を送ってくる。


「……何だよ」


 すると、そのイケメン野郎は気だるげに髪をかき上げると、


「悠斗なんかに上から目線で恋愛のアドバイスされちまった……。屈辱だ……」

「ホントそうよね。最近、ちょっと調子に乗ってるわよね。自分では気づいてないところが余計に癇に障るっていうか」

「さっきまでその片棒を担いでたヤツが言っても、説得力がな……」

「ど、どういう意味よ!?」


「…………」


 ……やっぱり、俺は友達ゼロのぼっちなのかもしれなかった。

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