第3話① 真岡の取材対象
そして、その翌々日、週末の放課後。
俺と真岡は、エリスが参加する演劇のプログラムの現状を確認するため、別棟にある演劇部の部室へ向かっていた。
今日から本格的に準備委員の仕事がスタートすることになる。だが……、
「真岡、本当に執筆のほうはいいのか?」
俺は何度か繰り返した質問をもう一度尋ねる。
真岡は「またかよ」と、わずかに眉を寄せた。
「何度も言ってるだろ? まだ時間あるし、平気だって。ホントにヤバくなったら、ちゃんとおまえに全部押しつけるからさ」
「…………」
いや、やると決めたなら最後まで責任持ってほしいんだけど……。土壇場で丸投げとかされても対応できんぞ。それにしても、
「何だって急に……」
やる気出したんだよ、と聞く。
すると、真岡は一瞬、口を真一文字に引き結び、チラリと意味ありげな視線を向けてきた。だが、それも刹那のこと、やがて小さく息を吐くと、そのシリアスさを振り払うように、ニヤリと挑発的な笑みを浮かべる。
「面白い取材対象ができたからだよ」
「……取材対象? 面白い?」
何のこっちゃ?
「おまえだよ、おまえ」
「は?」
「遠い外国から留学してきた美少女に振り回される男子高校生……。今のおまえは、あたしにとって格好の取材ネタなんだよ」
真岡は、ククッと悪役っぽい笑い方をしてみせる。
「おまえな……人のことを勝手に分析対象にするなよ。大体、俺みたいなモブの一挙手一投足なんか見たって、小説の参考になどならんだろ」
俺はもっともらしい反論を試みるが、真岡は大げさにかぶりを振った。
「逆だよ、逆。男ってこういうの好きじゃん? おまえみたいな、特にモテる努力をしてるわけでもない非モテが、理由もなく美少女に好意を寄せられる話、ってのがさ。現実じゃほとんどありえないシチュだし、貴重な観察対象だ」
「……その発言、色んなところを敵に回すからそのへんでやめとけ」
こいつ、デビューしたら調子に乗りすぎて、SNSや掲示板とかで燃料投下しまくる炎上作家になりそう……。これは俺の個人的な意見だが、作家や漫画家は作品よりも本人が目立つのはやめてほしい。古い考えかもしれんが。
そもそも、エリスは俺のことなんて別に何とも……。
…………。
いや、やめておこう。深く考えるのは。
「第一、エリスは別に俺のことを振り回してなんかないぞ。エリスは外国人ってだけで常識人だし」
だから結局、無難な反応を選択した。
しかし、真岡は「違うんだな、これが」と肩をすくめる。
「エリス……さんが『振り回してる』んじゃなくて、柏崎が『振り回されてる』んだよ。今だって、自分の担当をほっぽりだして真っ先にあの子のところに、こうして向かってるじゃないか。そんなおまえの心境を想像するだけで、もう面白い。短編の一つでも書けちゃいそうだ」
こ、こいつは……。つーかマジでやめてくれ。心を見透かされてるみたいで死ぬほど恥ずかしい。
……それとも、今の俺はそんなにもわかりやすいのだろうか。
俺としては、エリスに対する気持ちは、そんな簡単に言い表せるものではないと自己分析しているのだが。
それと、反論も一つしておかねばならない。
「……別に他の仕事を放置してるわけじゃねえよ。エリスのところが一番予算も時間もかかりそうな企画だから、最初にチェックしなきゃと思っただけだ」
「はいはい、わかったわかった。そういうことにしといてやるよ」
真岡は鬱陶しそうに手をひらひらさせると、俺の前を一歩、二歩、三歩と先行する。そして、いつのまにか着いていた演劇部の部室をコンコンとノックし、ガラッと扉を開ける。
その瞬間、彼女は小さく俯き、何かをつぶやいた。口が動いているのは見えたが、引き戸の音で声までは聞こえなかった。
「……ま、あたしも、『あの子のこと好きなんだろ?』って、おまえに聞く勇気はないんだけどさ……」
×××
真岡と一緒に部室に足を踏み入れると、中はやけにざわついていた。20人ほどの参加者たちが、ホワイトボードの前であれやこれやと議論している。
そんな喧騒のなか、俺たちに真っ先に気づいたのはエリスだった。
「あっ、悠斗! 本当に来てくれたんだ!」
エリスはぱあっと花が咲くような笑みを見せると、俺たちのもとにタタッと駆け寄ってくる。ちょっと、飼い主に尻尾を振る犬みたいだな、と苦笑してしまった。そういえば、俺も最初、エリスに『犬っぽい』と笑われたことがあったっけ。まあ、俺は断じて猫派だけどな。
「おう。準備委員として、少し状況の確認にな」
俺が頷くと、エリスの視線がすぐさま横に移った。すると、さっきまでの笑顔が一転、スッと目が細くなる。
「……それに、真岡さんも。……悠斗と同じお仕事なんだよね?」
相変わらず、真岡に対してはやけに警戒心を露わにするエリス。
「ああ、そうだよ。この仕事、二人一組でやる決まりになっててさ。あたしと柏崎で一緒に動くことになったんだ」
一方の真岡は、前回の邂逅でのあれこれがあったにもかかわらず、エリスに含んだ様子は特段みられない。……いや、もちろん、察しがいいとはお世辞にも言えない俺の感じ取れる範囲での話だが。こいつは一度サボろうしていたわけだし、その心境の変化は俺には読めなかった。
「二人一組……」
その単語が引っかかったのか、エリスはじとっとした、湿度の高い眼差しを俺に向けてくる。そ、そんな目で見られても困る。これにはちゃんと理由があるのだ。
「お金も絡むことだし、間違ったりしたら一大事だろ? だから二人で一緒にヒアリングすることになってるんだよ」
資材の発注量なんかを誤れば、企画者にも生徒会にも多大な迷惑をかけることになる。それを防止するために、二重チェックをするようになっているのだ。
俺が理屈で答えると(言い訳ではない)、エリスは「……うん、そういうことならしょうがないか」と、しぶしぶながら納得したようだった。
俺と真岡って、そんなに仲がいいように見えるのか……? そういや、桐生も似たようなリアクションだったような。
まあ、それはともかく、
「……それで、この騒ぎは何なんだ?」
俺はようやく話を戻す。
部室の前方では、依然として参加者たちが盛んに議論を戦わせている。
「いや、ここはやっぱり『ロミオとジュリエット』でしょ!?」
「えー、そんなのありきたりすぎるよ。身分を超えた愛だったら、『アラジン』とかいいんじゃない? この前の映画のアラジンとジャスミン、ホントよかったー!」
「いやいや! 俺たちは高校生だぜ? だったら、『君の名は。』一択だろ?」
「えー、あんたの顔と声での三葉とか、絶対見たくないんだけどー」
「……え」
これは……。
「そうそう! それだよ!」
エリスは思い出したように、手に持っていた数冊の演劇の台本を机に並べると、それこそ舞台演技のように両手を大きく広げ、言った。
「悠斗はどの恋愛劇がいいと思う!?」
「…………」
おーっと、エリスさん、そう来ましたか……。
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