39人目の客人
「入るぞ」
言葉と共にドカドカと入ってくる男性に、僕は恭しく尋ねる。
「話をお聞きする前に、紅茶の準備をしますね」
そう言うと彼は、案外素直に言葉に従った。
僕が先程のものと同じ紅茶を入れると、その男性も驚いたようにその香りを全身で嗅いでいた。
「どうかされましたか?」
あまりにも紅茶に夢中になっている彼にそう声をかけると、彼は口を開いた。
「どうしてこうなっちまったのかな」
僕が静かに続きを促すと、彼はホッとしたように話し始める。
「俺は、友達の彼女と付き合ってるかもしれないんだ。
勿論そんなつもりは無かった。あいつから何かを奪い取るなんて、そんな恐ろしいこと。
だが、そうだからといって、彼女だけは渡せない。あの人は僕の運命の人なんですから」
「今回のことで、不審な点などございましたか?」
そう問うと、彼は顔を歪めた。
「僕にあいつの雇った探偵がくっついていることですか。まるであいつの方があの子の本命だとでも言うようなやり口ですよね」
笑い話にもならない事です、と静かに言って、紅茶を嬉しそうに口に含む。
僕は静かに続きを待った。
「あいつは、幼馴染でね。いつでもそばにいて話しかけてくれたんです。だから俺は彼になら何でも渡してもいいと思っていました。
正直もので、俺がいじめられても側にいてくれて、あいつにターゲットが移っても何も言わずに、さらに俺に気を遣わせまいとして秘密にすらしてみせた。不器用なほど真っ直ぐなやつなんですよ」
なのになんで、と彼は自分を責めるように下を向いて、カップを握る手に力を込める。
「幼馴染の彼の方が女性に好かれることが多かったのですか?」
少しギクリとして、彼は僕を見る。
知っているはずがない、とかぶりを振って、彼は話す。
「そうだな。あいつは不器用だからすぐに振られていたが、今はあいつ、周りの意見を振り切って立ち上げた会社で大成功を収めているから、あいつの方が俺よりモテるよ」
俺はしがないサラリーマンだからな、と自嘲気味に言った。そして苦虫を噛み潰したように、顔を歪める。
静かになった部屋に、時計の音だけが響く。僕はゆっくり待った。沈黙に耐えられなくなったように彼は話し出す。
「彼女はとっても可愛いんだ。紅茶に詳しいかと思えば手芸教室に行って僕へのプレゼントを編んでくれたり、色々してくれる」
ほら、と見せてもらった。すると、僕はあることに気がついてしまった。
「……素敵ですね」
その事実を隠して僕は和かに言ってみせる。それはあからさまに素人の編んだマフラーではなく、工場で編まれた均等さをしているマフラーだった。
今回は、いつもの茶葉が手に入らなかったから仕方なしに出したインスタントのもの。
知らない方が幸せなこともある、と僕は思う。
「なんで同じ人を好きになってしまったのかな」
悲しそうに呟く彼は、脱力して項垂れた。
「……もう一杯、紅茶をお淹れしましょう」
そう言うと、彼の顔は輝きを見せる。無邪気に喜ぶ顔の整った彼は、さぞかし女性に不自由しないのだなと思ってしまう。
ハッとしたように身を硬らせ、彼は言う。
「いや、次は彼女に淹れてもらおう。これで失礼します」
椅子の引きずる音が聞こえて来て、彼は少し騒々しく外に出ていった。
彼の満面の笑みは、とても美しかった。
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