第6話
「おらの重さで茜は走るのが遅くなるんじゃないか。
神様、おらはいいから、茜を助けておくんなせえ。
馬さえいれば、おらがいなくても後のことはなんとかなろうから。
おらの息子が大きくなったら、馬さえいればおらの跡を継げるだよ」
振り落とされないように必死で茜の首にしがみつきながら、あまりの怖ろしさに馬飼いは懸命にお社の神様に祈りました。
すると、ふと、茜ではない馬のいななきが聞こえたように思いました。
馬飼いが顔を上げると、火が川になって流れてくると見えたものは、いつの間にか赤い馬の群れに変わっていたのです。
そしてそれが、馬飼いを乗せた茜を一直線に追って来ています。
赤い馬の群れは茜に向かっていななきました。
「戻ってこーい、戻ってこーい」
それは確かにそう聞こえました。
それを聞いて馬飼いは、雷に打たれたように或ることを思い出したのです。
馬飼いがまだ幼かった頃のことでした。
まだ子供だった馬飼いに、やはり同じなりわいをしていたおじいさんがいつも言っていたのは、ある戒めでした。
「いいか、いくらいい馬だからといって、絶対に火の馬に手を出しちゃなんねえ。
火の馬ってのは、火から生まれた馬のことよ。
夕日が沈む前の空の色をしている馬のことよ。
群れからはぐれた火の馬は、仲間を恋しがって火を呼ぶだ。
一匹きり放り出された火の馬は、寂しくて仲間を欲しがるだ。
仲間を増やそうとして、地面の下の眠っている火を目覚めさせて、全てを飲み込んで焼き尽くすんだと。
そのとき燃え盛る火の中からは、赤い色した火の馬が次々と生まれるっちゅうこった。
火の馬はそうやって群れを大きくすると仲間を引き連れて地の底へ還り、時を経てやがてまたいつしか現れるんだと」
そのとき馬飼いにははっきりわかりました。
「茜は熱い風の吹いていたあのとき、火の山の地の底から生まれた火の馬だったんだ」
と。
けれどもうそのとき、茜と馬飼いは赤い馬の群れに追いつかれるところでした。
赤い馬たちが炎のように追い上げて迫りくるのを感じ、熱い風にあおられてぐっしょりと汗をかきながら、馬飼いは気が遠くなりました。
* * * * *
それからどれほどの時間が経ったのでしょう。
気がつくと、馬飼いは火の山のふもとの草の原であおむけにひっくり返っていたのでした。
日はもうとっぷりと暮れておりました。
そばに立っていた茜が、安心したように鼻づらを鳴らしました。
「ああ…、おら、助かったんだか?
茜も、無事なのか?
それともあれは、夢だったんだか?」
もうこんなに暗くては、とにかく家へ帰らねば、と、馬飼いはふらふらと立ち上がって、茜の手綱をとりました。
真っ黒に焼けた手綱が、触れただけで灰になってばさりと崩れました。
「夢じゃなかった…」
馬飼いは炭で真っ黒になった自分の手をぼう然と眺めると、今更ながらぞっとして、身を震わせました。
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