9、

 洞窟の中に入ると、中は風化や浸食によってできたものとは明らかに違う、整った道がハヤトたちを出迎えた。

 カインの案内もあり、ハヤトたちはあちこちのわき道に入ることなく、まっすぐに目的の場所へと向かっていっているのだが。


「ストップ。ちょっと待っててくれ」

「わかった」


 元は採石場とはいえ、今は盗賊のアジト。

 警備兵や討伐を命じられた冒険者の侵入に備え、鳴子などの罠が当然のように仕掛けられている。

 それらを斥候のカインがいち早く見つけ、手早く解除していく。


「おっし。もう大丈夫だ」

「だいぶ数が増えてきたな」

「それだけ、彼らにとって重要な場所へ近づいているということよ。油断せず進みましょう」


 住み着いたのか、盗賊団の中に調教師テイマーのような特殊な技術を持った人間がいるのか。洞窟内にいた魔物や巡回のつもりなのか、通路をうろついていた盗賊らしき人物を討伐、あるいは捕縛しながら進んできたが、入って早々、罠が仕掛けられているということはなかった。

 だが、奥へ進むにつれて、罠の数も徐々に増えていき、体力や魔力、集中力の消耗を抑えなければならなくなってきた。


「なるほど、名の知れた冒険者に指名依頼が来るわけだ……」

「あぁ……こりゃ、普通の冒険者じゃかなり荷が重いぜ」


 体力、魔力、集中力。

 今現在、ハヤトたちが消耗しているそれらの力は、冒険者にとって欠かすことのできないもの。

 そして、それらの質の高さはそのまま冒険者としての実力に直結するものだ。

 ここまでの道中でこれ以上ないほど消耗させられたことで、ハヤトとカインはこの依頼の難易度の高さを実感する。

 同時に、緑小鬼との戦闘でその片鱗こそ見えたが、シェスカの実力の高さがかなり高いものであることを理解した。


「一月ほど前までは、通常の依頼だったのよ? けれど、何人もの冒険者が依頼を受注したけど、その全員が失敗したの」

「もしかして、その原因の一つが?」

「えぇ。この罠の数々」

「……もしかしなくても、俺たち、カインがいなかったらその人たちと同じ運命たどってたんじゃないです?」

「……悔しいけど、そうかもしれないわね」


 ハヤトの問いかけに、シェスカは屈辱に顔をゆがめながら返す。

 彼女にもハヤトも、罠を発見したり、解除したりする技能はないため、罠にかかった結果、命を落とす結果を迎えていたかもしれない。

 正面からの突入であれば、罠にかかる危険は少ないかもしれないが、必ずしも安全というわけでもない。

 カインが来てくれたことは、彼らにとってまさに幸運というべきことなのだろう。

 それはシェスカとてわかっている。

 だが、カインにあまりいい印象を持っていないシェスカとしては、カインに助けられているという事実自体、認めたくないことのようだ。


「なんか、色々と文句を言いたそうな顔してますが……」

「色々と文句を言いたいわよ、実際」


 その表情に、何かを感じ取ったアミアがシェスカに問いかけると、シェスカは大きくため息をつきながら返す。


「わかってるわよ? 彼がいなかったらここまでほとんど消耗することなく進むことはできなかった。それはわかってるの」


 けれど、とカインに半眼を向けながら、シェスカは続けた。


「けれどね? もうちょっと依頼に対して真剣に取り組んでくれたり、普段の生活態度をもう少し改めてもいいのではないかしら? そんな冒険者に頼らなければならないという事態が、私としては不満でしかないわ」

「……そうとう嫌ってますね……」

「えぇ、あまり好ましくは思えないわ」


 アミアの言葉に、シェスカは顔色一つ変えることなく、即座に返す。

 が、一応、感謝の念を持っていないわけではないらしく。


「……まぁけど、一応、仮にも。認めることも業腹だし、認めたくもないけれど、感謝していないわけではないのよ?」


 少しばかり頬を赤くしながら、カインに感謝はしていることを告白する。


「なんだよ。もうちょっと素直に感謝してくれてもいいじゃねぇか」

「あら。わざわざ伝えるほどではないということがわからないかしら?」

「あぁっ?!」

「あら? 何か文句でも?」


 再び、一触即発の空気が流れだす。

 あまり騒ぐと、今度は巡回している盗賊に、自分たちの居場所を知らせることになってしまう。

 そうなった場合、包囲されて苦戦を強いられることになることは用意に想像できる。

 シェスカがこの依頼の話を持ってきた時は公共の場であったということもあったため、シェスカの方が我慢していたが、そろそろ我慢の限界が来ているのか、今にも怒鳴りだしそうな表情へと変異していく。

 さすがに止めた方がいいと判断したハヤトだったが、声をかけようとした瞬間、顔に険を宿す。


「《石弾ストーンバレット》!!」


 背後を振り向きながら、ハヤトは手のひらをかざし、魔法を発動させる。

 ハヤトの手のひらに魔法陣が出現すると、拳ほどの大きさの石が勢いよく飛び出し、背後から近づいていた盗賊に命中した。

 ハヤトの対応の早さについていけなかったのか、それとも魔術師に後れを取るということ自体、想定していなかったのか。

 盗賊は魔法を回避することができず、低いうめき声をあげて悶絶する。

 だが、ハヤトはそこで容赦することはなく、魔法で穴をあけ、盗賊の首から下を埋め、身動きが取れないようにしてしまった。


「……二人とも、今は敵陣の中ってこと、忘れないでね?」

「ご、ごめんなさい」

「わ、悪ぃ」


 カインはいつぞやの護衛依頼の時にからかってきたほかの冒険者たちを生き埋めにした時のことを思い出し、シェスカはハヤトの穏やかな部分以外を見ていなかったためか、その笑顔の奥にある威圧感に気圧され、謝罪を口にすると同時に、ひとまず、休戦することにした。

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