ノイズの海を溺れながら泳ぐ

俺は泳いでいる。ノイズの海を。


あえぐように。泳いでいる。


手足をばたつかせ。泳いでいる。――いや、溺れている。


この狂気と言うノイズの大海で。


すがるような、島は無く、足が付くような、浅瀬も無い。


波は荒く、容赦なく顔に狂気という名のノイズを浴びせかける。


それでも海から顔を出し、必死になって呼吸をしている。正気を保つために。


ただひたすら正気を保つために。




いっそのこと、沈んでしまえば楽なのかも知れない。


狂気のノイズに沈んでしまえば。


そうすればもう、何も考えなくてすむ。


けれどそれすらもできない。手足はばたつかせることを止めず、口は呼吸をし続ける。目は島を探し、耳は波の音を聞く。


なぜ。


なぜ。


なぜ。


その問いに答えはあるのか。


そんなにも人間でいたいのか。


まともな人間でいたいのか。


自らに問いかける。


いたい。


いたい。


苦しくてもいたい!


だって俺はまだ何事も成し遂げてない!


生も死も喜びも、悲しみさえも知らない!


だからひたすらもがき続けている。


島を探して、浅瀬を見つけて、波が少しでも収まるのをすがるように待って。


俺はもがくように溺れ続けている。


“まとも”を見つけて。“まとも”を探して。




けれども君はもう二度とまともな人間なんかには戻れないよ。


戯れか、空を舞う鳥があざ笑うように言った。


そうかも知れない。


いやきっとそうだろう。


この海に落ちてしまった俺は、一生ここで溺れ続けるのだ。


たまに見つけた島は容易く崩れ、浅瀬は浸食されて深みに変わる。


穏やかだと思った波は気まぐれに荒々しく俺を押し流すだろう。


そのなかを泳いでいくのだ。溺れていくのだ。




一生。あるいはこのノイズの海に沈むまで。


……。




しばし考え、俺は笑った。


なんてことない。


俺は顔を出して鳥を見る。そうして叫んでやった。


それが人生だ。俺の、俺だけの人生だ! と。




鳥は飽きたように飛び去っていった。


一人になった俺はこのノイズの海を泳ぎ続ける。


ときに溺れ、時に安らげる場所を見つけ、この大海でうごめき続ける。


一生。


死ぬまで。


無論、死ぬその瞬間までだ!


俺は決意を固め、改めてこの海を泳ぎ始めた。

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