38.合コンという名の地獄

 駅前、休日ということもあってか平日よりは人が少ないがそれでもこの場所は多くの人々で溢れていた。


 しかし、それほどの人の中にいても私が注目されることはあまりない。

 それもこれも全ては地味めな服装にこの間楓に選んでもらった落ち着いた色のメガネという目立たないことを意識した格好で来ているおかげだろう。


「こんなに目立たないってなんか新鮮……でもないか」


 昔から注目されることが当たり前だった私にとってこんなにも注目されないというのは新鮮を通り越して逆に気持ちの悪いものだった。ホント、慣れって怖い。


 そんなことを考えていれば少しは気が紛れると思ったのだが特にそんなことはなく、ついに待ち合わせ場所付近までたどり着いてしまう。そろそろ現実逃避をするのは止めよう。


「たしかこの前衛的なオブジェクトが待ち合わせ場所だったよね」


 待ち合わせ場所を発見し、その周囲に視線を巡らす。そうすると男女合わせて十人くらいの集団が目に映った。恐らくこの集団が今回の合コン参加者なのだろう。


「あれ、もしかして花蓮ちゃん? 遅いよ、もうみんな揃ってるから」

「ごめん」


 そんな集団を遠巻き見ていると集団の中から一花が現れて突然私に声を掛けてくる。こんな人混みの中、よく地味な格好の私を見つけられるなとそんなことを思っていたその時である。

 私の視線の先に、妙に見覚えのある男の姿が映った。少し前まで常に無表情だったが、つい最近になって様々な表情を見せるようになったその男はこちらを見ることなく再び集団の中へと消えていく。


「花蓮ちゃん? どうしたのボーッとして。もう行くよ?」

「あ、うん分かった」


 きっと気のせいなのだろうと私は一斉に移動を開始する集団のあとをついていった。



◆ ◆ ◆



「桜田伊織。趣味は空を見ること。以上」

「えーと、伊織君だね。よろしくー」


 結論から言おう。あの男──桜田を見かけたのは私の気のせいではなかった。


 あれからこの間のカラオケ店へと場所を移した私達一行はお互いの自己紹介をすることになっていた。


「へー伊織君って言うんだ。変わった趣味だね」

「彼女はいないの?」

「休みの日は何してるの?」


 そこで蓋を開けてみればこの状況、本当にどういうことなのだろう。桜田が意外と女子達にウケていることはもちろんのこと、彼がこの場所にいることも意味が分からない。

 もしかして自分から合コンに参加したいとでも言ったのだろうか。


「じゃあ次は私かな。私は長谷川一花って言います。男子諸君は特別に一花ちゃんって呼ぶのを許可しちゃうよ!」


 それとも今冗談混じりにウインクしているこの女が呼んだのだろうか。そのどちらかで言えば彼女が無理やり桜田を連れてきたという可能性の方が高いのだろう。


 それはそうと、そろそろ私が自己紹介をする番だ。ここは出来るだけ目立たないよう穏便に済まそう。


「有栖川花蓮です。花蓮って呼んで下さい」


 それ以上は何も口にすることなく頭を下げる。正直自分が盛り下げているような自覚はあるが、それでも今の私には目立たないこと以上に大切なことなどない。それに桜田の自己紹介よりはマシだろう。


「自己紹介はこれで全員かな。じゃあ誰か一緒に飲み物取りに行こうよ」

「あ、それだったら私が行ってくるよ」

「ホント? じゃあお願いしても良いかな? でも花蓮ちゃん一人だけだとあれだから、誰か……」

「俺が行く」

「そっか……分かった。じゃあ全員分をお願いしてもらっちゃってもいいかな」


 ここで名乗り出てきたのは桜田だった。丁度良い、彼から合コンに参加することになった経緯を聞き出すとしよう。


 合コン参加者約十名からのドリンクのオーダーを受けた後、桜田を伴ってカラオケの個室から出る。それから私はすぐ隣を歩いていた桜田の方へと視線を向けた。


「彼女でも欲しかったの?」


 私の質問に対して桜田はこちらを見ないままため息を吐く。


「まぁそういう風に見えてもおかしくはないが、一応違うとだけ言っておく」

「だったらどうしてこんなところにいるわけ?」

「それは有栖川の友達だっていうあの女に誘われたからだ」

「一花ちゃんのこと?」

「確かそういう名前だったな」


 やはりそうだったか。というのもこの合コンには私の知る人はほとんどいない。この前、一花と一緒にいた男もいるので恐らく彼女の知り合いが大半なのだろう。

 そう考えれば、桜田が合コンに参加するには彼と唯一面識のある一花から誘われる以外にないというのはすぐに分かる話だった。


「でもそれでなんで合コンに行こうってなるわけ? 普通に断ればよくない?」


 そうだ、人に言われたからといってホイホイ付いていくなんていくらなんでも馬鹿すぎる。

 しかし桜田は私に対してまさにブーメランな一言を返した。


「それは有栖川にも言えることだろ」

「私にも?」

「ああ、だって俺からしたら有栖川もそんな風に見える」

「私も同じ……」


 確かに考えてみれば私も桜田と全く同じ状況だ。

 一花に誘われて合コンに行くことを決めた。

 心情はどうあれ事実だけみたら私も彼と何も変わらない。


「確かにそうかもね」

「それにまた何か隠してるだろ?」

「私が何か隠してるって?」

「そうだ、だから俺は……」


 桜田が何かを言いかけた時、後方から突然騒がしい声が聞こえてきた。


「おーい、待って。二人とも」


 声がした方へ振り向くとそこには一花の姿、彼女は私達の足が止まったのを確認すると走ってこちらまでやって来る。


「やっぱり二人だと大変そうだから私も手伝うよ」

「えーと、ありがとう」

「もう久しぶりだからって固いな。私達友達なんだからもっとフレンドリーにいこうよ。ね、伊織君もそう思うでしょ?」

「ああ、そうだな」


 何が『ああ、そうだな』だ。一丁前に顔を赤くしてデレデレしやがって。さっき今回の合コンに参加した理由を聞いたときにも地味にはぐらかされたし、一花が目当てで参加したという線は十分にあり得る。寧ろその可能性が高いまである。


 なんとなくイラっときたので桜田を睨めば、それを見ていた一花が『はっ!』とまるで何かに気づいたような表情で自らの口元を塞ぐ。


「そっか、そういうことか。ごめんね、私二人の邪魔したね」


 それから一花は意味ありげに一言呟くと、踵を返してカラオケの個室の方へと戻っていく。

 結局手伝ってはくれないのねとは思ったものの気まずさから解放されたというのもあって私は呼び止めることなく、ただ戻っていく彼女の姿を眺めていた。

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