36.保健室での一幕
「おい、有栖川。聞こえてるのか!」
ガンガンと頭に叩きつけられるような声にふと目を開ける。
あれ、ここって学校?
周りを見ると、皆一様に驚いた表情をして私の方へと視線を向けている。
まるで私が何かをしてしまったかのような雰囲気にいまいち状況を掴めず、そのまま視線を巡らせていると、その途中でこのクラスの物理担当の先生と目が合った。
「有栖川、お前は私の授業がそんなにつまらないのかね?」
「え、いえそんなことは……」
先生にそう言われてようやく自分が今置かれている状況を把握する。どうやら私は授業中に寝てしまっていたらしい。
「だったら何故授業中に寝ていたんだ。説明しろ!」
ここで昨日の夜に眠れなかったからと答えるのが正解でないということは流石の私でも分かる。だとしたらどう答えれば良いのだろう。
完璧美少女である私が授業中に寝ていたことを正当化できる言い訳。寝起きというのもあって中々良い言い訳が思い付かない。それでも必死に捻り出そうとしていると前方の方からキィと椅子の引く音がした。
「先生、良いですか?」
「なんだ桜田」
「そんな無駄なことに時間を割くより授業を進めた方が良いと思いますが」
「む、無駄だと!? 桜田は授業中に寝ている生徒がいても放っておけとでも言うのか?」
「いえ、そうとは言ってません。ただ有栖川は朝から体調が悪そうだったんです。彼女の顔色をよく見てください」
「……確かに顔色が悪いかもな」
「そうです、見ての通り彼女の顔色は悪いです。それでもこの授業には出たんです。それはきっとこの授業を受けることに熱心だったからじゃないですか?」
「それは……そう、かもしれないな」
突然の展開についていけずしばらく傍観していると、いつの間にか先生の方が申し訳なさそうに頭を掻くという構図が出来上がっていた。
「えーその有栖川、さっきはすまなかったな。そんなに体調が悪いんだったら保健室に行ってきても良いんだぞ?」
「俺が付き添います」
「あ、ああ任せてもいいか」
トントン拍子で話が進んでいるがこれはもしかして何とかなったということなのだろうか。
周りの反応を見ても先程までの驚きの表情を浮かべている人は誰一人としていない。逆に今は私を心配するような表情を浮かべているのが大半だった。
「では少し失礼します、先生」
「ああ、分かった。……よし、じゃあその二人以外は授業の続けるぞ。さっき開いた教科書六十ページを見ろ」
それから前方から颯爽とやって来た桜田に手を引かれ、そのまま教室を抜けて廊下へと出る。
これはもしかしなくても私を助けてくれたってことだよね?
しかし今は助かったという安堵よりも、普段決して目立った行動をしない桜田が今回に限って何故あんな行動に出たのかという疑問の方が強かった。
それにしても彼が先生の前だとあんなにも饒舌になるとは意外も意外である。
「どうして助けてくれたの?」
「別に大した理由じゃない」
私の質問に桜田はいつもの調子で言葉を返す。その間も彼が足を止めることはない。
「大した理由じゃないって……」
続けて私が話しかけても桜田から何も反応がなかったので仕方なく黙って彼に付いていくと、しばらくして彼はピタリと足を止めた。
「着いたぞ」
そんな桜田の声に彼が向いている方向をみれば、そこは確かに保健室と書かれたプレートが掲げられた部屋の前。いつの間にか目的地に着いていたようだ。
「早く入れ」
「ちょ、ちょっと……」
それから私は無理やり保健室へと押し込まれる。
なんだか今日の桜田は乱暴だなと思ったところで彼も部屋に入り、静かに扉を閉めた。
見たところ保健室には私と彼以外誰もいないらしい。まぁ今は授業中なので当たり前だといったら当たり前なのだが、保健室の先生までいないとはどういうことか。恐らく何かの用事で席を外しているだけなのだろうが、誰もいない場所でこの男と二人きりというのは中々に気まずい。
そういえばこの前のこと、彼はやっぱり私が嘘を付いていることに気付いているのだろうか。
「有栖川、お前昨日寝てないだろ」
私がそんなことを考えていると、桜田は突然ため息混じりに口を開いた。なんか、いきなり話しかけてきた。
「わ、私そんなに顔色悪い?」
突然話しかけられたことによる驚きか、それとも私しか知らない事実を言い当てられたからなのか分からないが少々上擦った声を出してしまったがこの際どうでもいい。
確かに昨日あまり寝付けなかったのは事実だが、顔色だけでそんなにも分かるものだろうか。部屋の中にあった姿見を覗き自分の顔を確認するが自分ではよく分からない。
「まぁ顔色も確かに悪いが、夜中にログインしてただろ」
「ログイン……?」
「そう、ログインだ」
ログイン……そういえば寝付けなくて暇だったのでゲームをしていたが桜田はその事を言っているのだろうか。
「確かにゲームはしてたけどどうして分かるの?」
「有栖川と俺はフレンド登録してるだろ。それで相手が今ゲームをしているのかどうか自分の画面で確認できる」
なるほど、あのゲームにはそういう機能があったのか。でもそう考えると一つ腑に落ちない点がある。
「ということは桜田君もゲームをしていたってことになるけど?」
そうだ、何が昨日寝ていないだろだ。自分だって寝ていないじゃないか。ジト目で桜田を睨むと彼は私から視線を逸らした。逃げたな。
「まぁそんなことはどうでもいい。それより有栖川は寝不足なんだろ? だったらここで休んでいけ。俺がいると眠れないんだったら俺はすぐに出ていく」
桜田がそう言って自分の教室に戻ろうとこちらに背中を向けたところで私はふと先程聞き忘れていたことを思い出した。
「そういえばさっきは結局聞けなかったけど、どうして助けてくれたの? 桜田君は大したことじゃないって言ってたけど……」
私の質問に桜田は悩む素振りも見せず、すぐに答える。
「それは友達だからだ」
その一言だけいって保健室を出ていく彼に私は恥ずかしくなる反面──。
「……ほんと、何を言ってるんだかこの男は」
少し、そう、ほんの少しだけ嬉しさも感じてしまっていた。
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